| 2006年05月05日(金) |
ニート(by絲山秋子) |
いいなあこの人。やっぱり、すっごい好きだな、この作者。 一話目の「ニート」を読み終えた直後の感想がそれだった。 本当にハマっちゃってますが。<絲山秋子
ニートとは。 なんだろうと思う。ある意味では肯定的でもあり、でも否定的でも ある。自分の中で。 肯定的って言うと語弊があるが、そうしかできなくなった過程は わかるような気がするのだ。 なぜって、自分がそうならなかったとも限らない。とも思うからだ。 たまたま周りから怒られまわって、逃げられなくて、今、ちゃんと 働いているってハナシ。私の場合。 そして、それは世間的にはいいことで、おそらく自分的にもいいこと。 たぶん。(でもそこで「たぶん」と思っちゃう曖昧さに、問題がある。)
作中の、「どうでもいいって言ったら、この世の中本当に何もかも どうでもいいわけで」ってくだりなんて、わかりすぎる! と思って 笑っちゃった。そういう考えが私の根本にも、明らかにあるのだ。 そしてそれって、世代的なもの? たしかマサムネ(スピッツの草野 マサムネ氏)も名曲“春の歌”の中で歌ってない? とか思うと、 ニートと呼ばれる人々が増えている社会的なこともちらっと考えて、 実はそれって、かなり深遠な問題なのでは。なんて思ったりもする。
そしてこのテーマで、あっさりした、でも実は深い、ある種のラブ ストーリーを作れるってすごいなと思う。すごく興味深い。 「なんでこんなになるまで私に黙ってたのか、と勝手な思い込みを してみたら泣けてきた」っていうの、すごいよくわかる。 好きってこういうことでは? なんてことも思う。そして、 「自分のことを思い出して欲しいという気持ちが私の中にあって、 それは手紙と同じ類のもの」という文章に、くらっと来た。 「絶望的かもしんないし」って言葉づかいすら、むちゃくちゃ好きだ。
深いテーマ性を裏側にして、それは深さとして残しながら、でもそれを 救うのは、一種の愛みたいなものだと言っているように思う。 そして皆にそういう人が、この話の主人公みたいに救い上げてくれる 誰かがいたら? いたらいいのにねえ! って。 そんなことを思ってしまうのは、私もそういう誰かが欲しいなんて、 思っているからなんだろうか?
そしてこの人の書く話を読んでいると、隠れた野蛮さとか、深い闇 みたいなものが感じられ、ああ文学ってアウトローなものだよなあ、 と、実は「袋小路の男」を読んだ時にも、出だしのところから薄々思っていた ことではあったけど、この「ニート」を一冊通して読んでみて、そのこと をつくづく思ったのだった。 それこそ今更何言ってるって話かもしれないけれど。
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