日記

2006年04月11日(火) 春の歌(byスピッツ)

“春の歌”。
スピッツのアルバム『スーベニア』の一曲目に収められている名曲である。

去年の11月、スピッツの熊本ライブにたまたま行った。
そのときは、私はドラマ『めだか』の主題歌だった“正夢”という歌が
大好きで、単にその一曲がすごく聴きたくて行っただけだった。
そうしたら、予想以上に、あんまりライブ内容がすばらしく、帰る時に
会場で、『スーベニア』というアルバムを買って帰った。
そして、その日からしばらく、もう1ヶ月くらいは毎朝の通勤BGMにしていた
ように思う。

その曲を今、ちょっと久し振りに、あらためて聴いて、すごく強く思う。
この歌詞のすべてが、自分のこれまでの12年という長い会社生活(それは
仕事も恋とかも含めて)を、ある意味あらわしていたんだなあってことを。
あらわしていた、って言うか、ものすごく、心の奥の自分でもわかんない
ような所で、実はめちゃくちゃ深く共感していたってことを、今更知った。

ぬかるんでる道とか、イバラの道って感じのところを延々進んでるような
気持ちになってて、足取りも重くずっと来て、ずーっと長くトンネルが
続いてるような気持ちでいて、やっと抜けたと思ったら見慣れない風景!
すばらしい景色! でもそれは実際のところ、まだ始まったばっかりの
ところだった。

まさにこの12年ってそんな感じ! なんて思う。

そして、あらゆることについて「どうでもいい」って思っていたのは私だ。
会社も恋愛も人間関係もどうでもいいって思ってた。
だってそう思ってたら楽だった。
真剣に人生に向き合わないことは、ある種の逃げだと思う。
そしてそれは、自分に何ももたらさない代わりに、どれほど楽ちんなことか
と思う。
それを、“「どうでもいい」とか そんな言葉で汚れた 心 今放て”って
歌うマサムネは、本当にすごいと思う。
自由を望む心、相反するその怖さ。でも、そんなことも知った上で、
そう歌ってる? なんて思ったら、その、草野マサムネという人が
そんな風に歌うことのすばらしさについて、思わず考えずにいられないなあ、
と思う。

愛とか、希望よりも、それより前に響くものとしてこの歌があって。
“聞こえるか? 遠い空に映る君にも”って所に至っては、もう本当に!
遠い空に映るあの人に、聞こえたらいいのに。どうか聞こえますように! 
なんて、切に祈るような気持ちになるのだ。

二番の歌詞にも、深く共感してしまう。
平気な顔でかなり無理してたのも私、叫びたいの我慢して笑ったりしてた
のも私だと思うからだ。
モチロンそんなこと言いつつ、色んな発散の場所はあり、家族の愛とかも
多分ちゃんとあり、そんなこと言っちゃうのは贅沢なことだっていうのも
知ってる。恵まれてる人間のタワゴトだっていうのも、知ってるけど。
でもそういう部分も確実にあった、ってことも本当。
そして“朝の光にさらされていく”って歌詞も、すごい歌詞だなと思う。
あらゆる行間、あらゆる言葉のつらなりが、ひとつの世界を形作る。

“忘れかけてた 本当は忘れたくない 君の名をなぞる”なんて、今私が
心底思っちゃってることだし!(それもどうよって話もあるが。笑)

結局道はどこまでも続いていて、歩いていかなくちゃいけなくて、いけない
って言うのもおかしいけど、愛とか希望なんていうモノも、これからも
どんどん作って行く、作っていけるものなのだ。たぶん。

どんなに絶望しても、大雨が降っても嵐に遭っても、それでも道はずっと
つづいている。
そんなことを歌を通してでも改めて知ることができてうれしい。なんて
思う私は、もう本当に単純だし、人から見て何言ってんのかなあ? って
感じかもしれないけど、それでも前に進みたいって気持ちがある限り、
きっと大丈夫なんじゃないかって。うまく言えないけど、そんな風にも
思うのだ。

まあそれも果てしないタワゴトの一つ? なのかもしれないけどー。笑


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