| 2005年05月15日(日) |
再びウルフルズ。アルバム9と“暴れだす”について |
福岡ライブがあまりにも良かったこともあり、やっとアルバム『9』を 購入した私ですが。
アルバム自体も、ものすごくよかった。(なんたって1曲目から涙した くらいなんですが。) そして、やっぱり“暴れだす”がものすごーく好きだなあ!と思って しまった私である。 あらためてライブでナマで観て、余計に良さを感じたというのも、 あるとは思うけれど。
最初、静寂の中でピアノの音だけで始まる。そしてサンコンの叩く バスドラ? のリズムが低音を支える。徐々に盛り上がりをみせて、 ト−タスが寂しげな、でも力強い声で「あぁ神様 俺は何様ですか」 と歌いだす。
とりわけ、何がいいって、今回私がライブ中、そしてその後CDを 買って聴いてみて、ものすごく胸打たれてしまったのは、この “暴れだす”のサビ部分、「あぁ〜」って歌っているところの、 裏で聴こえてくるケーヤンのコーラスが、ものすごく切実で必死な 感じがしていい! ってことだった。
それこそ人生のつらさ切なさ、うまくいかなさ、そんなすべてを内包 して、その上であの人にこにこ笑ってるんだわ。って思ってしまう ような、心の叫びみたいに響いてくる声。 表のトータスの力強い声を裏で支えているケーヤンの声。
そういうのがわかると、一層、「ああバンドっていいなあ。私は やっぱりバンド好きだなあ」と思って、余計に良さが増すとかね。 そういうことがあるから、音楽はいいなあと。 そんな風にも思うわけです。
そして私の複雑な内面について。 やっぱり“バカサバイバー”を聴いて泣きそうになったり、“暴れだす” を聴いておそろしく共感したり、というのは、私の中にトータスに対する いや、他の色んな人やものに対する「たすけてくれ」とか「どうにかして」 って気持ちがあるんだよなあと、そんな風に思う。 でも本当はそういうのって、自分で解決しないとどうしようもないこと だとも、思う。 人と人とがわかりあうのって難しいことだし、私はそれを今まで避けて きたような所がある。だけど、わかりあうというのが素晴らしいことだ というのも知っていると思う。 日々勉強とか、日々精進だとか思っているけど、ほんと、この“暴れだす” の歌詞の中にあるように、「人のためにできることはあっても 人のために 生きることはできない」って本当にそうだなあ、と、そんな風にも思う。 要は、本当のところは、どれくらいその相手を思いやれるか? とか、 それだって難しいけど、そういうのが大事なことなのかなあと、そんな 風にも思います。何言ってんだか。って感じだけどー。
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