日記

2004年12月02日(木) 【プレゼント】

再び創作小説の世界です。感想とか聞かせてもらえると嬉しいです。
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 【プレゼント】
なんてことはない一日だった。
ただ学校に行って授業を受けて、夕方、誰と話すこともなく学校を出る。
季節は秋から冬に移り変わる頃で、校門を出たところで見上げたうす青の空は
高く遠く、少し冷たい空気が気持ちよかった。
だけどいつの間にかどこかから生まれた寂しい気持ちが、じわじわと心を侵食
していく。
その時、私は不安だった。
得体の知れないマイナスの気持ちに支配され、どうしたら逃れられるのか?
そこから抜け出せるのかわからなくなっていた。

がたごとと電車に揺られて、私はひとり外を眺めて、ぼんやりしていた。
友達付き合いとか面倒だと思って、自主的にそんなにクラスの子と関わったり
していないくせに、勝手に寂しい気持ちになって、我ながらどうかしていると
思う。
でも家にまっすぐ帰りたくなくて、繁華街のある駅で降り、よく行くライブハウスの
近くに行ってみた。
そこに行ったら、誰かいるかなと思った。
もしかしたら。
あそこに行ったら、この寂しい、変に絶望的な気持ちから抜け出せるかも
しれない。
そんな不安定な気持ちで街を歩いていたときに。
ばったり会った。
交差点を渡った先に。立ち止まって、私が歩いて来るのを見てた人がいた。

私は彼がそこにいることに、ぎりぎりまで気付いていなかった。
横断歩道を渡ったところで、目の前に立ち止まっている人の気配を感じて、
ふと顔を上げた。
高倉大介、通称大ちゃんが、そこに立っていた。
黒のジャケットにインディゴジーンズ。背が高くて、いつも見上げる形になる。
少しも急いでいる様子はなくて、ゆったりした感じでそこにいた。
それだけでも安心するような気持ちになる。すごいと思う。この人。
いるだけで他の人を安心させちゃうって、どういう能力なんだ。
「よお、カリン」
そして低い声で私の名前を呼んだ。
そのとき、私を見下ろして、少し口の端で笑った顔が。
なんだか太陽みたいに一瞬輝いて、私を暗い淵を覗き込むみたいなところから
救い上げる。
ものすごい錯覚。
単に妄想。
それでも。
「・・・大ちゃん」
小さな声で、私は彼の名前を呼んだ。確かめるように。
デパートの横。汚い道で。たくさんの人の中で。
普通だったら私だってことに気付かないで通りすぎちゃうんじゃないかって。
そんな風に思う。
なのになんで私のこと見つけてくれるの。
見つけてくれる、なんて自分勝手に、そんなこと思って。
「どこ行くの?」
私は働かない頭で、それだけ聞いた。

大ちゃんは微かな笑顔を残したまま、私を見下ろして答える。
「オレ? オレは今からバイト」
「あの、“ドンファン”とかいうすごい名前の店の?」
「そうそう」
その頃、彼は、ダイニング&バーみたいなレストランで、ウェイターのバイト
をやっていた。
「・・・それで? おまえは何してんの? バイトないの? 今日」
「うん。今日、休みで」
「で?」
「で、って何? 休みで、それだけだよ」
「ふうん?」
目を合わせて、なるべく笑顔でそう言ったら。少し優しい表情をして、私を見た。
「・・・それで、なんでお前はそんな泣きそうな顔してんの。なんかあったのかよ?」
ふい打ちでそんなこと言われて、次の言葉が出てこなくなる。
「・・・・・・泣きそうなんて、そんなことないよ」
必死で考えて、それだけを言った。
でも、なぜだか大ちゃんと目を合わせることが出来なくて、
地面を見つめた私の視線の先に大ちゃんのジーンズの足元が映る。

「・・・お前はどこ行くの? これから」
頭上から大ちゃんの低い声が響いて、私はぱっと顔を上げた。
「ええと、ホロホロに行ったら誰かいるかなと思って」
ホロホロと言うのはよく行くライブハウスで、いつもそこに行けば知った顔に
会う場所だった。そこか、その隣のバーガーショップかどちらかに必ず友達の誰かがいる。
そうしたら、彼はさらりと言った。
「めずらしく、今日誰もいなかったぜ。オレ、今あそこから出て来たけど」
「あ、そうなんだ」
言われて、あからさまに落胆した様子を見せた私に、大ちゃんは少し何か
考えるような表情をした。
「・・・カリン、ちょっと時間あるか?」
「え、うん。まあ、ヒマだけど。別に用事もないし・・・って、え、大ちゃん?」
私が話している途中で、有無を言わさずって感じに手をつかまれて、
今私が渡ってきた横断歩道を戻るような形で、駅の方向にぐいぐい引っ張って
歩いて行く。

「あの、大ちゃん? どこ行くのー?」
(・・・て言うか。手が! 手、つないでるんですけど!今!)
この心臓の音が聞こえたらまずい。聞こえるはずもないけどものすごく動悸が
するんですけど!
そんな私の気持ちを知ってるのか知らないのか、大ちゃんはどんどん歩いていく。
しばらく行った所で少し振り向いて、笑いをにじませた声をして、言った。
「ちょっと来な。いいもん見せてやるから」
「いいもの?何?」
「着くまで内緒!」
「ええー?」
そして、ちょうど駅の裏手の、私が行ったことのなかった道を曲がって。
その先でふいに立ち止まった。

急に止まるから、背中にぶつかりそうになる。
「あ、悪い」
「もうーぶつかるかと思ったよ」
振り向いて、私を見下ろして軽く謝って。
私は思わず笑って文句を言ったりしている。少し心が軽くなってる。
ぐいぐい引っ張って来られた、それだけで。
その勢いみたいな、有無を言わせない強い力みたいなものが、私の中にも
ちらっとでも植え付けられたような感じになっている。
それだけでもすごいなと思うのに。
「で、なに? なんなの?」
大ちゃんを見上げて、笑顔になってそう聞いたら。
「まあ、見てみなよ」
私の目の前の位置から、一歩、横に動いて。
なに?と大ちゃんから視線を横にそらしてみたら、目の前にはまっすぐ続く道が
あった。
「うわ。」
私はびっくりして、感嘆の声を上げていた。

知らなかった。そこは、ちょっとした銀杏並木になっていた。
本当にちょっとした感じで。たった5〜6本しか続いてない。
誰が何を思って作ったのか、意味がわかんない。
でも、もうすぐ冬が来る、やわらかい日差しの中で。遠くにうす青の空があって、
それをバックに、ひらひらと、はらはらと、光を受けて、色づいたイチョウの
葉っぱが風に乗って舞い落ちてるその様は、ちょっと心和むくらい、いい風景だった。
「・・・キレイだね」
「ちょっとイイだろ?」
呆然と呟く私に、少し得意げに笑ってそう言う。私は自然に笑顔になって、
素直に感動を言葉であらわしている。
「うん。すごい。すごいすごい。
 こんな風になってるなんて、私ぜんぜん知らなかったよ」
「オレもさっき知った」
「なんで突然?」
「たまに違う道通ってみたくなることないか?」
「ないよそんなの」
「オレはあるの!」
めずらしく、ちょっとムキになる大ちゃんに、ははっと笑って。
「でも、たまにはイイね。そういうのも」
「だろ?」
そこで彼は、いつもの落ち着いた笑顔に戻って、そう言った。

私は、はらりと目の前に舞い落ちてきたイチョウの葉を一枚、拾って。
それを空にかざしてみながら。
「ありがとね。大ちゃん」
素直な気持ちで、彼に伝えた。
大ちゃんは無言で私を見下ろして。かすかな笑顔はそのままで、そこにいてくれた。
聞いてくれてた。
私は続けた。
「なんか、元気出た。ありがとう。
なにがあったってことじゃないんだけど、すごくブルーな気持ちになってたよ」
「・・・それはよかった」
彼は私に応えて、やわらかい口調で、それだけを言った。
でも、その言葉、その口調は、全体の風景の感じと一緒になって、私の心を
とてもあたためたのだ。

それは後から考えても、本当にちょっとしたことだった。
でも私は、あれから何年か経った今でも、そのことを思い出す度に、
心の片隅にほのかに灯りがともるような、あたたかい気持ちになる。
本当にいい思い出って、そういうものだ。
そして、そういうものを心の中に持っていたら、何かつらい局面に遭遇したとき、
ちょっとでも、それを乗り切る力になるかもしれない。
その時、イチョウを手に取った私はまだ、そこまではわかっていなかったけれど。
そんな瞬間をプレゼントしてくれた大ちゃんを、大切にしたいな。
だからって訳じゃないけど、本当に大好きだなこの人。と。
そんなことを、考えていた。


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