お酒を飲んだり、食べたり、寝たりしている。 過剰に摂取していると思う。 たぶん私は気持ち的にすごく鈍いところがあって、いっつもすぐ泣くくせに 肝心なときに泣いたりできなくて、でもあとからじわじわ来たりして、バカ だなあ!と思う。 山南さんの死に、それこそ必要以上に動揺しているのも、猫やクロベエの ことと重なったから余計に来てる。って気がする。 でも湯布院で、かわいくて田舎な景色を見て、ぼーっとして、ああ、こんな 時間が必要だったのかも。なんて思った。 ひろあきくんの“if”という曲を聴いて、不意打ちで涙したりしながら、 そんな風に一瞬、だんだんこの痛みを忘れるにしたって、一瞬心をクロベエの ことでいっぱいにする瞬間があって、そういうのがあるってことは決して 悪いモノじゃない。って。 そんな風に思った。 吉本ばななの“キッチン”という小説をまた読み返して、そこに書かれている 喪失ということ、そして再生ということを、読みながらものすごく考えた。 そして、深く考えることだって大切だなと思った。 大切って「大きく切ない」って、吉井和哉も昔歌っていたけど。 もう本当にそうだなあ!とつよくつよく思う。
そうやって、繰り返して、考えたり泣いたりして、ちょっとずつ普通に 戻っていく。 普通に、っていうのはおかしいけど。 でも、その過程だって大事なものじゃないかと。 そんな風にも思う。
|