日記

2004年07月19日(月) 【愛のカケラ 言葉のチカラ】−1

再び創作小説の世界です。感想などお聞かせくださいー。
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 【愛のカケラ 言葉のチカラ】
7月も終わりのある夏の夜。
それは店を貸しきってやっていた、暑気払いプチパーティーの真っ最中のこと
だった。

暑い夜で、クーラーをがんがん効かせて、ビールやワインを飲んでいた。
見知った人たちの談笑する声、BGMに低く流れているピアノやサックスの音色。
食器やグラスの触れ合う音。ふと外に視線を流すと、すっかり夜になっていて、
世界は群青色に包まれている。風にゆれる木々に、ぼんやり輝く街灯。
・・・と。
がしゃん、と大きな音がした。
はっと振り返ると、テーブルひとつ向こうで直人が、ビールのピッチャーを
ひっくりかえしたところだった。

・・・そのテーブル一帯がしんとしていた。
20人くらいしか入らない小さな店だから、その音がした瞬間、店中が静まり
返ったと言ってもいい。
めずらしく、怒りを含んだ直人の視線に、これはわざとやったんだってことが
わかる。

加藤直人は、ふいに笑いかけられると、思わず「ぴかぴかの笑顔だ」なんて
思ってしまうほどいい笑顔の持ち主で、基本的に、いつもにこにこと笑っている。
実際、私・北原笑美子は、直人と知り合ってもう1年以上になるが、めったに
彼が怒ったりするところを見たことがない。
直人のことを思い出すと、その笑顔のイメージが強烈に心に浮かぶってほどだ。
でも私は、たまに彼が、「もういい」と愛想をつかしたようなとき、その相手に
どんなに冷たい言い方をするかも知っているので、ああ、久しぶりに直人の
怒ったところを見る。なんて、心の片隅で思ってもいた。(そんな場合じゃない
と重々わかっていたけれど。)

「・・・そんなこと言ってたってしょうがないじゃん」
しばらくの沈黙の後、怒りを隠そうともしないで、強い口調で直人が言った。
大きな目で、じっと目の前の女の子のことを、強い視線で見ている。
彼の目の前には鈴川真由という名前の、やはりこの店“小さな家”の常連の
20歳くらいの女の子が、あっけにとられた様子で座っていた。
色が白くて、線が細い。
まっすぐな黒髪を、肩のラインで切りそろえていて、凛とした感じに見える。
細い眉と切れ長の眼が、少しきついかな?という印象もあるけど、ハタから
見てもその女の子は、かなり綺麗な子だった。

「・・・なにが起こったんでしょう?」
ひそひそと私にささやきかける、この店のアルバイト・りょうちゃん。
別に下世話な感じじゃなく、ショートカットの髪をさらっとゆらして、
爽やかな調子でそう聞いてくる。私は肩をすくめて、こう囁いた。
「わかんない。でも、めずらしいよね。直人があんな風に言うのって。
 そしてあたし達、様子見てアレ片付けに行かなきゃいけないよね・・・」
私がうんざりした調子で言うと、りょうちゃんもがくっと肩を落として。
「そうですね・・・気まずいですけど。
 たぶんそろそろチーフが出て行くと思うんで、その後で行きましょうか・・・」
「うん。藤井くん立ち上がったわ」
チーフというのは、この店の店長・藤井和弘くんのことだ。
ちょうど、隣のテーブルにいた藤井くんが立ち上がり、直人たちの方に行こうと
していた。

7月に入ってから、“いつもありがとうという感謝の意味と、毎日暑いから
暑気払いということも兼ねて”ということで、常連さんで来たい人だけを呼んで、
会費制でちょっとしたパーティーを開こう、と言い出したのは、他でもない
このパン屋兼喫茶店“小さな家”の店長・藤井くんだった。

藤井くんと従業員の直人、アルバイトのりょうちゃん、そして常連中の常連で、
ここ8ヶ月くらい直人とお付き合いしている私・北原笑美子は、かなり浮かれ
気分でその準備をした。(私は基本的にはお客だけど、その企画から関わって
いたこともあり、ボランティアでお手伝いをすることにしたのだ。)
定員20名ということで、来てくれる人も大体決まり、楽しい気持ちのまま
パーティーになだれこんだ。
藤井くんも直人もりょうちゃんも、内輪だからということで席について、
生ビールやワインを用意して乾杯をして、この店の美味しいサンドイッチや
フランスパン、そしてチーズやソーセージを楽しみつつ、ほろ酔いで顔見知り
のメンバーで、楽しく笑ったり喋ったり飲んだり食べたり、空いたグラスを
片付けたりしながら、1時間が経過した頃のことだった。

「どうかした?」
しんとした空気の中で、お得意の、誰もを落ち着かせるような温和そうな
笑顔をして、店長・藤井くんが、直人の隣・そして鈴川さんの斜め前に
するりと座りながらそう訊いた。
私とりょうちゃんは早速、直人が倒したピッチャーを片付け、テーブルの
ぬれた部分を拭いたり、周りの人に服が汚れなかったか聞いたりしながら、
その場がどうなるかをドキドキしながら見守っている・・・と。
「どうもしない。・・・ごめんなさい。私帰るわ」
かたんと、鈴川さんが席を立った。
「逃げんのかよ」
と直人。そんなこと言ってる場合じゃないと重ねて思いつつ言うけど、
まったくここまで強い調子でなにか言う直人って、本当に珍しいと思う。

その直人の言葉に、かっとしたように鈴川さんが言った。
「別に逃げやしないわよ」
ぬれたテーブルにかまわず頬杖ついて、立っている鈴川さんを見上げて
直人が続ける。
「逃げてるのと一緒じゃん。そんなキレイな顔してるのに、昔誰かから
 言われた一言ずっと気にしてたってしょうがないじゃんってオレは言ってんの!
 勿体ないよそんなの。人生ソンしてるよすごく」
「・・・・・・」
黙って直人を見る鈴川さん。
と、ごつんと直人の頭を突然隣から軽い調子で(でもかなり鈍い音がした・・・)
殴り、藤井くんが笑顔で言った。
「いって〜〜」などとうめく直人には目もくれずに、鈴川さんに向かって、
笑顔で。
「直人。オマエ言い過ぎ。席オレと変わって。
 鈴川さんもごめんね。なんかこいつ、たまに言い過ぎることあって」
「・・・別にいいです。けど」と鈴川さん。
「席変わる必要なんかないよ」と直人。
「いいから」と藤井くん。
「直ちゃん、こっちに直ちゃんの好きなアスパラとポテトのサラダ、いっぱい
 余ってるよ? こっちおいでよ」
と、カウンターの方に汚れた食器なんかを持って戻っていたりょうちゃんの
神の声にも似た言葉に、「・・・じゃあそっち行く」と言って、しぶしぶ、
直人はもともと藤井くんがいた席の方に移動した。
その後、藤井くんの話術の効果か(?)見事パーティーは和やかなムードを
取り戻し、1時間半後、無事にお開きの時間になった。
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つづきます。過去をクリックしてくだサイ。


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