友人から郵便で届いた、マサハルさんの最近出たシングル。 “想い”というタイトルだ。 届いた日に、聴いてみた。
私は正直言って、解散後、一度もマサハルさんのソロライブに足をはこんだ ということもなく、チェッカーズ時代に出ていたソロのCDも『Timely』 というアルバム1枚しか持っていないくらいで、解散後のいろんな話も、 人のウワサばっかり先行していて、正直言ってよくわからない状態だ。 最近ナマで会ったりライブを観たりしたわけでもなく。 近くでライブがあったとしても、行かないかもしれない。行くかもしれない。 それもわかんないぐらいの。
ただ、ちょっと前、夜もヒッパレか何かに出ていたマサハルさんが、香田晋と 一緒にポルノグラフィティの“アゲハ”という曲(だったと思う)を歌って いるところを、もう本当に歌うマサハルさんを観るのは7〜8年ぶり!って 感じで観たときに、なつかしくって、そしてこういうアップの曲歌わせたら マサハルさんってすごい上手だった!っていうことを思い出し、“愛と夢の FASCIST”とか“80%”が大好きだった自分を更に思い出して涙が出た。 ということがあった。
そして、GOとか、昔のビデオを観るたびに、「ああ、私はマサハルさんの こともほんとに好きだったよなあ。て言うか、思いの強さの優劣こそあるけど、 7人全員を好きだったよなあ。当時」って風に、すごく思う。
その“想い”という曲は、スローで。 なつかしくてかわいい感じの前奏ではじまってすぐに、もはや聴き慣れた、 ちょっとくせのある歌い方のマサハルさんの声が流れ出す。 (ああ、久し振りに聴くなあこの声。なつかしい〜。)などと思いながら クレジットを見ると、作詞・作曲 鶴久政治という文字が目に入る。 きっと明日いいことが と歌っている。 好きな人 好きな顔♪と歌っている。 その好きな・・・というところに、チェッカーズのことを考えちゃう私は、やはり 感傷に流されすぎているのかもしれないし、私自身こそ、チェッカーズという モノについて、今どうなって欲しいと思っているのかわからない。わからないが。 ただ、マサハルさんは、本当のところは、いったいどういう想いを持っている んだろう?って風に、思っていた。その1曲目の“想い”という曲を聴いて いて。
そうしたら。 次に収められている、2曲目の“Cherie”を聴いたら。 わかってしまった。 いや、決め付けるのは失礼だ。私は、わかったような気持ちになってしまった。 前奏とか、原曲とはぜんぜん違って、80'sテイストと、あと、“恋は水色” という50's(あるいは60's?)頃の曲も彷彿とさせる感じのアレンジで。 ああ、原曲と違うなあ。歌いだしのところもちょっと半音くらい違う感じ? などと、私は割と冷静に聴いてるつもりだったのに。
サビのところ。 「この恋が決められた運命なら せめて時を越えて通りすぎたい」 のところ。 そこで私は、ふい打ちで、動きが止まってしまった。 たとえば街角で、ふいに“星屑のステージ”が聴こえてきて「えっ」と思って 動き止まるみたいに。 なんか、心が止まるような感じで、その一瞬で涙が出た。 ものすごく強く心を揺さぶられた。
その歌い方。 すごい大切に歌ってるって、そんな風に思ったのは私だけか? いや、わかんないよ。それは自分の曲だからかもしれないし。単に歌い易いとか いうことであって、チェッカーズのこととか、ぜんぜん関係ないのかもしれない。 わかんないけど。 ただ、そのフレーズを聴いて私は涙が出た。なんだか泣けて仕方なかった。 それは単に久し振りに聴いたとか、私がこの“Cherie”という曲が大好きだから っていう、それだけのことじゃなかったように思う。
その歌い方で、わかったような気になっちゃったのだ。 ああ、マサハルさんも、チェッカーズのことは好きでたまらなかったはずなのに! って風に、思っちゃったのだ。 ただ、ちょっとしたことから、人と人との間はどんどん難しくなっていって、 その流れは本人たちにも止めることはできなかった?なんて。 そんなことを思ったりする。 そんなの、単なるファンの感傷だし、今更私とかがそんなこと思ったり言ったり しても、しょうがないことだって知ってる。知ってるけど。 思ってしまったものは仕方ない。
2番のサビのところでも、胸打たれる感じは一緒だった。 「ごめんよ さよならを君に言わせたね 何もかも投げ捨てて抱きしめられたら 走り出す硝子越し涙の笑顔で 空を指差して呟いた」 ってところも。 大切な大切なものを歌ってるって感じに聞こえる。 そしてそれは、きっとウソじゃないって風に思う。思い込みでもなんでも。 そんな風につよく思う。 この人にはこの人なりの、チェッカーズというものに対する愛みたいなものが、 たしかにあるのだと。あったんだと。そう思って、それだけでも、私はこの CDを聴けてよかったと思った。
だからなんだと言われるかもしれないけど、私は聴くことができてよかったと、 もう、本当にそう思う。
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