渡辺サブロオ メイクの本 正統の美学。 なんだか私を含め、周囲で大絶賛の嵐! な雑誌である。 何がイイって、それに載っている藤井フミヤが、もうとにかく異様にカッコいい のだ。 つい一昨日の日記にも、「これイイ!」などと書いちゃってるが。
1枚目の写真の堂々とした感じもイイなあと思うし、黒ベースに白色で縦に ぶち抜きで“藤井フミヤ”と名前が書かれている、その感じも秀逸だ。 そして、つづく兄の写真をコラージュしたものも、それぞれツボを押さえた 感じ。背中とか、肩から腕にかけてのラインの感じもいいなと思う。 その上で、ラストに見開きでソファに寄りかかり、けだるく、でも挑戦的な 感じにこちらを睨みつける兄。その写真がものすごくイイ。 こんなに写真一つでくらっとさせられたのも久々だ。
そして。 中に、渡辺サブロオ氏からの兄に対する質問状が入っている。 それを、ああ、これって兄が本当に思ってることだろうなあ、と思いながら 読んでいて。 途中、音楽と絵について聞かれて、兄が、音楽は人に向けて発信してるけど、 絵は人を気にしていない。と言っているのを読んで。 もう本当にそうだよなあ!と。 つくづく思った。 最近のライブを観ていると、ものすごくそれが顕著だと思うのだが、 (そして以前、“魅せます!”系の特番でも、そういったことを兄本人が 言っていたように思うのだが)すごく、ファンのため・・・と言うと語弊が あるが、だれかを元気付けようとしている風に思うのだ。 そのだれかというのは特定の個人ではなくて、皆の、一人一人の中にいる人を。 (・・・って書くとなんだかイっちゃってるけれど。でも本当に、そう思っ ちゃうんだよね。)
やっぱり私は、時期によって、その気持ちの大きさに差はあれど、20年も 藤井フミヤという人のことを好きだなあと思ってきたから、だれか他の人から 簡単に、フミヤにだまされてるとか、そういったことを言われると、やっぱり どうしても、いい気持ちはしない。 勿論、それには私の方にも問題があり、私は兄というのは、特にソロになって からは自分自身が楽しむもの、個人的に、すごく楽しんだり救われたりする もので、それをあんまり他の人と共有することを求めていなかったから、 ファン以外の友人たちに兄の良さを説明してこなかったというのは本当にある。 (まあ、別に説明されても困るか・・・とは思うが。) ただ、あの人のこと、見つけた人だけが知ってくれ! この気持ちを!なーんて 思っている所は今もある。 だから仕方無いともいえるのだが。 でも、ちょっとしたものであっても、兄に対して批判的なことを言われると、 知らないくせにー。って思っちゃうんだよね!笑 あの人のこと、その歌詞とかライブとか、知らないのに何がわかるのだ? なんて。自分が説明したり、見せたりしてこなかったくせに、それこそ身勝手で 矛盾した意見かも?しれないのだが。
ただ、私とかがあの人のライブに行って、そのうたで、すごく知ってて良かった とか、これがあるからとりあえず大丈夫だとか、そんな気持ちになるのは本当 のことなのだ。
そして、絵は、あの人、自分のために書いてるなあって、そんな風にもよく思う。 あの人の絵を見る度に、こんな緻密なこと、好きじゃなきゃ絶対できない!って 思うたびにそう思う。 私はフミヤくんの絵というのは、勿論好きなものも嫌いなものもあるが、時期に よってもそれは違うが、私が好きだなあと思うあの人の絵の大半、とくにKIRIE 以降というのは、フミヤ以外の人がもしこの絵を描いていたとしても好きに なるなあ。という風に思う。 だからなんだ、と言われそうだが、単にあの人が描いたというだけで誉めたり するんじゃないんだよ。ってことなのだが。
ただ、兄がそんな風に「絵は人を意識してない」という風に言ってる、その 部分を読んで、ああ、こうやってこの人、バランスを保っているよなあって。 なんかそんな風に思って、よかったとも思うし、逆になんだかすごく切ない 気持ちになったりもしていた私なのでしたよ。
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