日記

2002年09月23日(月) 10年。

10年ひと昔とはよく言うが。
考えてみれば当たり前の事実に、今日ふと気付いた。
そうだ。
今年で、チェッカーズが解散してから10年が経つ。

10年前の今頃、9月末ぐらいの私と来たら、まだ20歳くらいで今よりも
おそれを知らなくて、でももっと世間知らずで学生で、大好きだった男の子に
なんとフラれたばっかりだった。爆

でも、チェッカーズファンだった人たち結構皆が、「実はMCがちょっと変だと
思っていた」と口をそろえて言う1992年の『Blue Moon Stone Summer Tour』、
私は最終日の福岡ライブを観てさえも、解散だなんて夢にも思ってなくて、
チェッカーズだけはずっと続いていくものだ。なんて、勝手に信じていたくらい
だった。

その後、藤井兄はいろんなインタビューなどで、「解散する」って言いたいけど
いろんな事情があって言えなくて、それっぽいMCとか言うのにファンは全然
気付かないの! ・・・と言っていたが、我ながら、本当に気付いてなかった
のか、あるいは気付かないようにしていたのか、その真偽はわからない。

気付かないフリをしていた。という気さえする。だってラストアルバム、
あの究極のアルバムである『Blue Moon Stone』のラストに収録されている
“Rainbow Station”という楽曲、その曲が大好きだと思って、その歌詞を
何度も何度も読んで、歌ってたのに、気付かない方がおかしい。って今なら思う。
思うのに、その頃、私はまったく夢にも、チェッカーズの解散、ということを
考えもしなかったのだ。“Final Lap”という曲のタイトルを見てさえ、全然
思いもしなかったのだ。チェッカーズが解散するなんて。

そのちょっと後、たぶん今頃か10月アタマくらいにあった、タイトルは
忘れてしまったが西田敏行が司会をしていた音楽番組で、「チェッカーズも、
10年も20年もずっと続いていくといいですね」と言った西田敏行に対して、
藤井兄が、「ははっ」と笑って、「そうですね。続けばいいですね!」と
言ったのを見て、なんでそんなこと言うの〜? なんて内心怒ったりしていた。
そのときのメンバーの微妙な感じにも目をつぶった。
ちょっと考えればわかりそうなことだった。
でも、そうなって欲しくなかったのだ。
結果は、いちばんツライ方向にいってしまったのだけれど。

たぶん、ファンじゃない人にとってみたら、今更なに言ってんの。的な話だ。
でも、10月、解散の発表があった時期にさしかかると、秋の季節感も一緒に
なって、毎年微妙に切ない気持ちにさせられる。
そして12月28日、チェッカーズの最後の最後のライブの日になると、私は
あのとき、フミヤくんが高熱を出してるなんて全然知らず、ウチの店(饅頭屋
だが年末は餅屋)で、餅売りのバイトをやっていた、その時のことを思い出す。
店で、時計を見ながら、ああ、今最後のライブがはじまっただろうか。とか、
今“愛と夢のFASCIST”とか歌ってるだろうか。今頃アンコールだろうか、とか
遠い武道館に思いを馳せ、そんなことばっかり考えてたのを、今でも覚えてる。

それはそれで、バカみたいだけど、なんとも切ない話だ。
今思い出しても無性に切ない。なつかしさよりも切なさがずっと上回る。
いい思い出だなんて言うには、いまだに痛い感じがするのだ。

10年か。と思う。
そして、10年経っても、アナタ達のことが大好きです。なーんて思う。
でもそれは、とてもとても掛け値のない何かだって気がする私は、やっぱり
相当おめでたい?のかなあ?
だけど全国的に。
そんな風に思ってる人が、きっとたくさんいるなあ!って。
享氏のHPとか見ていると、つくづくそんな気持ちでいっぱいになってしまう
私なのだった。


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