| 2002年04月28日(日) |
なるほどの対話(by 河合隼雄×吉本ばなな) |
臨床心理学者の河合隼雄さんと吉本ばななさんの対談集『なるほどの対話』 を購入。読んだ。そしてとても元気をいただいた。 いや、元気というかパワーというか、やっぱりそうよね!って思ったのだ。
なんと言うか、今日は朝から本当ーに気持ち的な調子があんまり良くなくて、 朝から(いや、もう昼だったか・・・)珍しく2階に掃除機かけたり、一階の 廊下とか玄関のふき掃除をしたりする内に、なんとも情けなくって悲しい 気持ちになってきてしまい、なぜか涙ぐむ私!(ばか?笑) 思わず「ふき掃除ってなんか悲しくなってくる・・・」とか言っちゃって、 呆れた母から「そがん、泣かんでいいたい」と言われる私。なのだった。
まったくどうかしている。
・・・て言うか、原因はもう本当にわかってて、今度5月18・19日に東京で あるステ氏レオ氏のライブ、そして夜中の享氏のソノラ及びその他もろもろ、に 3月半ばから行きたいって思ってるのに、いつまで経っても家族に言い出せない 私! ということで、ひとりブルー入っちゃって涙していた。というのが理由の 8割〜9割だったのだが。駄々っ子か私は・・・。 ・・・まったくバカというかなんと言うか。どうせ絶対いくって気持ちでいる くせに、かわいいものである。(いや、かわいいとか、そういう問題ではない のか・・・。)
そこで、もうどうにもこうにも、って感じになっちゃってるときに、その 『なるほどの対話』を読んだのだが、なんか、思い悩んでいることが、 読んでる内にぱーっと昇華された感じがしたのね。
いちばん、「ああそうか。」って思ったのは、河合隼雄さんが、自殺したい、 死にたいと言ってる人について、「死にたい」と言うのは「生きたい」と 言ってるってことだ。と言っていたところだ。本当に死にたい人はただ死ぬって。 ああ、そうだなあ!って思った。
昔、吉本ばななさんもどこかで言っていたと思うのだが、「死」というものが 常にとなりにある、みたいなことを。私にも、ちらっとそういうところがある なあ。と当時も思ったし、今も思う。 常に、頭のどこか隅っこに、「今、こんな風に生きて笑ってるけど、いつか 死んじゃうんだなあ!」とか、「自殺とは?」とか、そういう気持ち。 「いつか死んじゃうんだから、今を楽しまなきゃ!」とか。 なかなか会えない友達に会ってるときに、「もう会えないかもしれないから、 今すごーく楽しまなきゃ!」とか。 弱ってるときに「ああ、もう死なないとダメかも・・・。死なんけど。」 っていちいち思ったりとか。そういうの。 なんて心の弱さよ!とも思う。 そして、そういうのを毛嫌いする人々がいることも知っているつもりではある。 それでも常に心の隅にはあるんだよね。そういうのが、ちらっとは。
でも。 私はフミヤくんや、チェッカーズを知ってるから、ツライことがあっても その後で素晴らしいことは絶対にあるということを、彼らを通して知ってきた ところがあるから、自殺なんてことはしないと思う。て言うか、もう、絶対に しないだろう。って思う。 (まあ怖くてできないと言うのもあるのだが。^^;) だけど、ああ、死ぬってものすごく甘美な誘惑? だとか思っちゃう暗い夜は 間違いなくあって、でもそういうときって、死にたいって思っている裏側で、 もうものすごく生きたい!って思ってるんだよなあ。実は。と。 なんか、あまりに観念的で、ちょっとわけのわからないこと言ってますが。 『なるほどの対話』を読んでいて、つくづくそう思ったのです。
結構オススメ。最近、あまりにも簡単に癒しという言葉が使われていて、 本当ーにイヤになっちゃいますが、これは全然そんな感じではなくて、 気持ち的にちょっと楽になった感じがしたよ。河合先生の著作も、前々から 気になっていたのだが、今度買っちゃうかも? って思うほど!笑 まあ、私的には。ってことかもしれないけどね。
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