ある医療事故で被害に遭ったご家族の声。
「患者は医者の実験台じゃない・・・。」
不幸にもご家族を亡くしてしまった方には申し訳ないのですが、自分はそうは 思っていません。患者は医者の実験台だと思っています。いつの時代でも医療は 患者の犠牲の上に成り立っていると思います。
このご家族が言いたいのはそういうことではなくて、実験台になることは良しと しても、患者を第一に考えない医者の良識と病院組織の悪さ加減を問うているの だと思います。その患者がどうなのかではなく、その病理がどうなのかに興味が ある医者や組織は患者を二の次に考えてしまいます。
他の何でもそうですが、医療も例外なく始めからマニュアル通りにできるもの ではなく、経験がモノをいう世界です。他と違うのは、命を預かっているという ことです。だからハンバーグを焼き過ぎてやり直すことのできるハンバーガー屋 の店員とは訳が違います。ダンのタイミングを逃して利益を逃してしまった為替 ディ−ラーも自分の立場を悪くするだけで人の命までは取りません。
これらは失敗であって、意図的にやっているわけではありません。 医療の場合は、意図的であろうがなかろうが失敗が起きるのです。 問題になっているのは意図的に患者を実験台にして、その結果が良くない場合に 限られます。結果が良ければ意図的に患者を実験台にしても文句を言う人なんか いません。結果だけを見て感謝すらするでしょう。
ということは、医療は結果第一ということです。 結果が悪ければどんなプロセスでも責任を問われます。医者に良識があろうが 病院がいい組織であろうが関係ありません。人の命を奪ってしまったこと、 あるいは術前よりも状態を悪くしてしまったそのことに責任を問われます。
医療もある意味、国益と同じで何らかの犠牲の上に成り立っていると思います。 その犠牲がお亡くなりになられた方々と言ってしまうと実も蓋もありませんが、 医療は人が行うものである以上、死亡者を最小限に留めながら健康体に戻る 人たちを増やす。この大義の上に医者が存在していくことを望みます。 密室でない開かれた医療を望みます。
でも、自分が術台の上に乗った時は確かにまな板の鯉でしたけどね。
はい。今日は晴れ。(東京地方)
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