| 2003年11月30日(日) |
ラストエンペラーの弟とその妻 |
ただいま頂きものの長崎ミカンを食べ過ぎて肌が黄色くなっています。(笑)
『流転の王妃・最後の皇弟』がテレビ朝日開局45周年記念番組として、この 土日に放映されました。「皇弟」という言葉は造語でしょうが、音だけを聞いた 限りでは、あの「ラスト・エンペラー」を思い出してしまいます。皇帝の弟と 言えば締まりがないから漢字二字にしたのでしょうね。
兄である溥儀は満州国の最後の皇帝でしたが、日本の関東軍は満州国はあくまで 日本の支配下と考えており、皇帝とは名ばかりのものでした。日本の陸軍は当然 同じ考え。というか陸軍のタカ派が関東軍ですから、日本を離れた地で陸軍よりも 力があると勘違いしていたかもしれません。一方では、支配力を誇示する必要が ありましたから、その象徴として皇帝を支配していることにしなければなりま せんでした。支配するところまではいいのですが、国を治めるという考えがありま せんから、満州国の国民から非難を受けたのは必然でした。
そういったことよりも、この放送を見ていて「中国と日本」という表現に違和感を 感じたのは自分だけでしょうか。満州=中国という等式ではないことはご承知の 如くです。誤解を承知で敢えて言わせてもらえば、満州はいわば夷狄(いてき)、 つまり華夷の弁(中国と野蛮人を区別する)からすると野蛮人です。その野蛮人を 統治して中国を統治の礎にしたと勘違いしたところが誤りだと思うんです。 (しかし華夷の弁とは抗弁で、歴史的に夷狄が中国の支配を繰り返したことは事実。)
日本の当時の統治に対して今でも恨みを持たれているのは、その統治の仕方が あまりにも日本的であったがためです。日本的というのは、その国民の文化や 国民性(つまり生活様式)、それから宗教すら日本流に置き換えようとしたから。 中国の長い歴史を無視して日本を絶対的な力を有する国であると、日露・日清戦争の 勝利を経て勘違いしてしまったことにあります。
この根底には幕末からの倒幕思想に遡ると自分は考えていますが、そのあたりの 細かいところは別の機会に改めるとして、明治維新で天皇制が復活したことの 悪影響のひとつだと思えます。(ただ、明治維新そのものが悪かったと言っている わけではないので念のため。明治維新が実現されたからこそ今の日本が成立して いるわけですからね。)
なーんだか面白くない書き方になってしまいましたが、放送には感動を覚えて しまっていたのですよ。実は。テレ朝がこのテーマを選んだ理由は知りませんが。 そこまで推測するのは野暮っていうもんですからやめときますね。
ところで、日中国交正常化を実現した時の日本の首相は誰だったでしょう?
はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)
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