| 2003年11月04日(火) |
税収から経済合理性へ |
さて、昨日の続きです。
戦後景気拡大路線を順調に歩んできた日本だからこそ直接税だけで済んで きましたが、経済の拡大が鈍化あるいは停滞すれば期待していた税収が入って 来ないのは明らかですから、間接税の比率を上げていかなければなりません。
税収不足を借金で補填する、あるいは税収を上げて支出に見合った収入を 確保するという考えではいけないというのが(今の)小泉首相の考え。 必要なところに必要な分だけきちんと査定して配分する。それを全体に 広げれば不必要なものがたくさん出てくるから、それだけで支出が大幅に 改善できるということです。言わずもがなですけどね。
消費が増えなければ税収は増えません。 ですから税収を増やすためには消費税を上げるか所得税を上げるか法人税を 上げるか、企業と国民にしわ寄せが来るのは当然のことです。将来のために せっせと貯蓄するのは消費を減らす行動ですから、個人にとっていいことでも 全体にとってはよくないことです。これを合成の誤謬と言います。
個人がせっせと貯蓄をすれば消費が減りますから、税収を増やすために税金を 上げる方向になります。したがって余計に家計は苦しくなります。税金だけでなく 収入も減っている現状ですから、貯蓄するだけの余裕がなく、取り崩しの方向 です。貯蓄の取り崩しも限界がありますから、いずれにしても収入を増やす 方向にならなければなりません。公共投資が必ずしも悪でないのはそのため。
小泉内閣の経済課題は、いかに経済を活性化して収入を増やすか、構造改革して 支出を減らすかの2点。収入を増やす政策と支出を減らす政策を両建てです。 どちらかひとつだけでは片手落ちです。どちらもいずれはやらなくてはならない ことですし、今やらなければ永遠にやれないであろう課題です。特に構造改革 なんていうのは国民にも苦労を強いることですから、景気のいい時には到底 受け入れられる政策ではありません。お役所・政治家にとっては自分の首をしめる ことですから当然反対します。この抵抗を許してきたのがかつての自民党ですから、 ここに楔を打ち込んだ小泉首相の功績は大きい。
収入に見合った支出にするか、支出に見合った収入を取るか。 個人のフトコロのことを考えれば選択するのはどちらか明らかです。 国と個人とは違うという理由で後者を善しとするならば、これは資本主義の 国家ではなくなります。まるで封建主義です。日本が純粋に資本主義になり きれないのは、この封建的な思想が各所に残っているからです。
収入があろうがなかろうが国民の生命と財産を守るため使うべきところには使う。 政治家が一度約束したことはコロコロ変えられない。中止なんて考えられない。 これってどこかで誰かが言っていませんでしたか?
政治判断と経済的合理性って必ずしも一致しないんです。 むしろ政治判断は経済合理性に反することが多いのです。(多かった)
政治家は表面的には(票が欲しいから)国民の方を見ながら活動をしていますから、 国民が嫌がることは極力避けたいし、言わない。国民が欲するのは利便性とか 公共性の向上ですから、これを実現するためには地域の税収よりもはるかに大きい 支出を伴うもんです。経済が拡大している時期はそれで通るのですが、そうで なくなれば、税収に見合った規模の提供に留めなければ、結局は支出した分の しわ寄せを国民に押し付けるしか手がなくなります。税収の拡大が見込まれない 時期であれば、要望を飲めないことも多々出てきます。これをきちんと伝える ことのできる政治家が本当の意味の政治家だと思います。
そういうわけで、政治判断を経済合理性に基づいて決定している小泉内閣の 方針は、いかにも教科書通りだと思いませんか。とりわけ特殊なことをやっている わけでもありませんし、やるべきことをやるべきと言って実行しているだけ。
資本主義とはなんぞやということを考えてみるいいきっかけだと思うんですが、 みなさん、どのようにお感じになるでしょうか?
はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)
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