MOTOYANの日々題
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横綱貴乃花が、また休場した。「満身創痍」という言葉が使われているが、引退したくてもできない事情があるのだろう。横綱になれば記録も記憶も残るし、引退後も親方として後進の指導もできるし、何よりも気が楽になるはずなのに現役にこだわる何かがあるのだろう。
人間、引き際が大切だといわれる。政界でもスポーツ界でも華々しい活躍をして上りつめると後は下るしかない。頂上でやめるもよし、下り坂に入ったときにやめるもよし。多くの偉人たちはそんなタイミングで去っていった。
ところが、最近は少し事情が変わってきた。高齢社会への変化で早くしてやめてしまうと後の生活が不安になるからだ。多くの蓄えがあれば、第2・第3の人生を楽しく過ごせるが、半分以上の人は、年金やわずかな貯金を当てにしていつ終わるとも知れない人生を生きていかなければならない。お金だけではなく、この時代に生きた証も長期にわたって確保しなければならない。
高齢者の定義を今の65歳から75歳にすれば、高齢社会ではない。という新聞のコラムを読んだ。それは確かであるが、定年が延長されなければならない時勢において、定年の引き下げを余儀なくされる企業等も多く、これからの日本や日本人はどうなるのか、行き先不透明な時代に人生の午後を下っているこのごろである。平家物語の冒頭部分がやけに気にかかる。 ==================== 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、娑羅雙樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす。奢れる者久しからず、唯、 春の夜の夢のごとし。猛き者も遂には亡びぬ。 偏に風の前の塵に同じ。 ====================
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