MOTOYANの日々題
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文化祭が近づいてきて、生徒たちは準備に追われている。大規模な学校は文化系の部活動が中心になって進めるが、小さな学校では全員でとりかからなければならない。小学校の学芸会を想像すればいい。
演劇と合唱を中心にしたステージ部門と各学年でテーマを決めて教室を飾り付けて行う展示部門に分かれて、限りある時間を惜しむかのように作業をやっている。日常で使わない金づちやペンキのはけやのこぎりなど大工道具を片手にぎこちない手つきでもの作りを行っている。
演劇では、キャストとスタッフに分かれてやっているが、大道具、小道具の係りは新米の大工さんとして手際の悪いことを黙々と続けている。見ているとつい手を貸してやりたくなるが、「何事も勉強、勉強」と思い、我慢してみていることが多い。劇の中で数分しか出番のない道具を1週間以上の時間と多額な材料費を使って作る不経済さがいちばん気になるが、人生の勉強とじっと我慢している。
料理でもそうだが、時間と経費を多くかけて作り出されたものが「いいできばえ」とはいえない。熟練すればするほど短い時間と安い材料費で「いいもの」を作ることができる。いかに効率よく作るかがポイントとなる。
子供の教育も同じで「どんな大人の人間にしたいか」ということを念頭に時には長い目で見てやることも大事だろうし、時には短気を出して大目玉を食らわすことも必要だろう。将来のためにぜったいにしてはならないことをした場合は、鉄拳も容赦なしという一時代前の教育論も一理あるように思われる。
長い目で見守りすぎて、両目が頭の後ろでくっついてしまいそうな気がしてならない。
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