「百鬼夜行抄」の新刊が出ました。 だんだん魑魅魍魎が身近に迫っているというか 人間の念にからんだ事件にまきこまれる話が多くなって来ましたね。 今市子さんは、富山県の方だそうですが、 大きな町でさえ家の中の暗がりが残っている土地柄、 そんなこんなが、こういう形で作品になったのかな? と思うと興味深いです。
富山の人は話がうまい。話というか語りというか。 近所の家の事や、その親戚のこと、誰が誰とどうなって、 どんな子供がいて、どんな仕事をして、どんな病気になって、 どんなふうに死んだのか。 語り継がれるいろいろなこと。 お盆の時期に、そういう話を聞かされると、 (そういうときは仏壇の扉が開かれていてお線香の香りが残っていたりするんだが) 思わずうしろを振り返ってしまう感じ。 どこでもそうかしら?富山だけじゃないかしら? でも同じ地方都市でも金沢はまた違う感じがする。
そしてまた、富山の女の子達は、しっかり者なんである。 語りの血と、合理性は矛盾しない。 ばりばり働いて、家をたて、子供達をしっかり教育して、いい学校にやり お茶を飲みながら、よもやまバナシを楽しむ。
転勤族のうちの両親は退職後に故郷の富山に家をたてたけど、 いまだに「旅の人」と言われているらしい。「タビノモン」ともいう。 しかし、母は語る才能を失っていない。(しかもほんの少し勘がいいタイプ) 親戚の誰かが亡くなった時のこと、変な夢を見た、という。 亡くなったその人がうちの居間に黙って入ってくる。ほかの人には その人が見えないのに、母にだけは見える。そして、しきりに話しかけるが ほかの人は知らん顔してる。そのうちその人は家から出て行った、、、、
そんな話を淡々とするんだけれど、、、、、、 あまりに臨場感があって、実の母ながら、こわいです、、、、
妙な話になってしまいました。 今 市子さんの作品にいくらかそういう富山テイストが入ってるかな? とちょっと思いました。
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