私季彩々
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2004年06月27日(日) 沖縄での浅い呼吸

 降って沸いたように沖縄出張となった。降って沸いたのだから、もちろん急な話である。1泊2日。目的地は本島ではなく、フェリーで30分の伊江島という離島である。

 千歳9時発。羽田乗換えで那覇空港着が2時ほど。久々のフライトはあっけなかった。もうスチュワーデスとは呼ばなくなった客室乗務員がそこまでせずともと思いながら飲み物や飴を配っていた。いっそのこと缶ジュースでも配れば楽なのにと思うが、眠っている客の前に伝言を置いていく心遣いに嬉しくなったりもする。飛行機という乗り物が特別なんだなぁ、と。私の中ではまだまだ特別である。
 沖縄は、日本だった。空港から一歩でて、暑い、と言ってはみたものの、別に格段違う土地に来た印象は無かった。暑い。でもそれだけだった。
 かなり前に大分に渡ったときは、街路樹や街の雰囲気に南を感じた。今回は歳をとって冷めてしまった私。それでも、じわじわと吹き出てくる汗。同行の部長はすでにグロッキー気味だった。
 と、いきなりセスナをチャーターして島へ向かうことに。6人乗りのオンボロセスナは沖縄本島の南を旋回して北へ向かった。島は驚くほど建物が密集していて、森も林もほとんど無かった。昔ニュースで見た通信施設。酷暑の中まばらに客の集う野球場、やけに広々とした白い民家の区画と雑多な地域。それを覆う島のリーフの素晴らしい水色。その色と環の美しさ。南の色。これだけは北にはない。私はそれをいつまでも追って、振り返っていた。行き先には島がいくつか現れ、同じ環を従えている。向かう島へは何故か大きく旋回してついた。
 無人の飛行場に待合室。3ヶ月前の祭りのポスター。その頃札幌はまだ雪が残っていたはずだ。

 島には1BOXカーが待っていた。クーラーをしっかり効かせた車内から島を眺める。タバコ、菊が主な産業と聞く。さとうきび畑も散在していた。たまに見る牛が全て黒い。ホルスタインなど居るはずも無い。土は何となく赤茶けて色が無く、痩せているように思えた。平べったい島に一箇所だけ飛びぬけた岩山が目立つ。そして、妙に立派な墓群。昔の古代日本に見られたとか言う形のような。天皇家が南からやってきたとか言う故事を髣髴とさせた。
 ホテルに着いてから、少し周りを歩いた。ビーチには星の砂ならぬ珊瑚の欠片で出来た白浜が連なる。青い光沢を放つヤドカリがちらほら。
 その後、目的である養殖場視察と島内観光。離島と言うことで、ゴミ処理場から空港、病院まで全てが小さいながらも揃っているとのこと。経済的にも農業がうまくいっていることと基地収入で安定しているようだ。
 夜、地元の助役さんらと接待飲み。世間馴れしていない私は自分の名詞も忘れ、泡盛を勝手に飲んだくれていた。20度という薄さ。飲み足りない。おまけに沖縄らしい料理が全く無く、情緒も何も無かった。
 帰り、車で送ってもらった。平らな島に点々と明りがともる。同乗者はこの島に1月滞在している北海道の人。定年間際の1月間。

 沖縄を舞台にした映画がちょっと気になっていた。暑い最中、麦藁帽子を顔にかけて5分でいいから寝転がってみたいな、なんて思った。夜も暑く、けれど私は苦にならなかった。適応力はありそうだ。
 ホテルはやはり冷房がかかっていて快適。何の不満も無く、けれど何か違うような。明日帰るけれど私は何も見ていないことだけは確か。それに気付けているだけまだましというものだろう。
 テレビをつけるとかわりの無いNHKのニュース。ここは日本。少なくとも現在のくくりでは。私のくくりでは。私の感じるところでは。それに私はやはり安心している。深呼吸はまだしていない。 Home&Photo


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