私季彩々
DiaryINDEX|past|will
厄介仕事と思いつつ、それがきっかけで面白いことに出会うこともあるもので。
この2月ほどの間に数回、老人施設などへ慰問活動に参加する機会があった。そこでは、話し好きな方もいらっしゃるが、言葉がすでに不自由になってしまった人、表情の乏しくなった人も多かった。 慰問といっても大げさなものではない。お話しましょう、というものだ。その一助として犬を連れて行く、というもの。動物介在活動(AAA)とよばれるものの一つである。 初対面の方と話をするには、とりあえずのきっかけが要るものだ。天気の話などはとりとめもないが、その分きっかけになる。が、言葉数の少なくなった人や、世代が大きく離れてしまっている人に話し掛けるのは難しい。そこに介在する動物というのは、本当にいいきっかけになる。
「昔は犬を飼っていたけれども、死んじゃった時は悲しくて悲しくて、それ以来飼っていなかったんだよ。」 「大きな犬は怖くてねぇ。でもおとなしいねぇ。肌触りがいいねぇ。」 中には、遠巻きに眺めるだけで、犬に対する苦い思い出を語る人もいる。何であってもいい。話すきっかけになれば。
特別養護のような施設に入っていらっしゃる方には、それぞれにいろいろな理由があるだろう。集落が崩壊しかけた過疎地域に立派な施設があって、忘れ去られたような空間がある。産廃施設、廃車置場、清掃工場、廃校。近郊の環境の良いところを周ると、突然それらの施設が現れる。隠されたように確かに存在するもの。隠して良いものなのだろうか。
犬は特別な検査を受けたもので、おとなしく人懐っこいものばかり。力の加減が出来なくなった人が無理に触っても、問題がないことが最低条件だ。そういった条件を地道に策定して、足りない時間をやりくりしている人たちの笑顔と姿勢は本当に素敵だ。そういう笑顔は、生活のわずかな余裕と、そこから派生する好循環によるのだろう。私もなんとか、初めの一滴を見つけたいと願っているが、なかなか難しいものである。
人と話すということは難しいことだが、嬉しいことである。そのきっかけは人それぞれで、それに出会うまでは、誰がどうだと判断を下したくはない。私はそれを待てる人間でありたいと、切に願っている。
犬達は、暑くないとはいえ夏の気候にすぐばててしまい、30分足らずで退場となった。が、十分に話を引き出して、ボランティアの笑顔も十分に引き出した。素敵な時間であった。私も一枚、今後とも噛みたいと思っている。
Home&Photo
|