私季彩々
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日の出ている時間が加速しているようだ。朝は30秒早く、優は1分強遅くなっている。気がつけば1月も下旬。冬只中である。
買い置きの灯油タンクが空になり、今ストーブに入ってる分しかなく少し不安。歩いて2分でスタンドがあるが、エレベーターの前に灯油げんきんの張り紙があると、どうしても気後れしてしまう。節約のためにストーブを切った途端、冷気が膝を襲う。 北海道は室内では薄着が当然だ。他の所は知らないが、話しを総合すると室内は北海道の方がかなり暖かいらしい。という私も夏の終わった頃と同じ格好をしている。下着に長袖のパジャマだけで、ちゃんちゃんこやセーターなどもあるが着る気にはならない。この格好で寒いなと思えば、とりあえず布団に入って寝てしまう。中途半端なコタツなどより布団である。おかげで冬はとりあえず寝転がることが多く、読書も寝転がってそのまま寝入ったり、テレビも同じで全く非活動的である。
日曜なので父の見舞いに出かけようと思ったが、外は結構な降りである。ベランダには雪山が1mの高さに達している。除雪も踏み固めもしていない雪だから、なかなか質はよいと思われる。昨年いろいろ植えたものがその下で眠っているが、いちごは冬を越すらしい。唯一まともに実がなったから、来年も期待しよう。槌の殺菌などはめんどくさがってしなさそうだが、思い切って肥料をたくさん追加してみましょ。んでもって、枯れてしまっていたと思っていたヒメシャクナゲやミヤマリンドウもしぶとく茎を伸ばしていたし。今年も頑張るのだろうか。植物というのは本当に勇ましいものだ。動物なんかよりも強く、人間なんか及ぶべくもない。 降り止まない雪でも車に乗ってしまえば何とかなるのだが、近くに車がない私は非常に億劫である。冬の雪国、やはり車は近くにあるべきだと痛感。またしても親不孝を重ねる。幸いMRIの結果も良く、不安はなさそうであるが、母からまたお叱りの電話が入っていた。息子の音信不通には慣れている筈だが、3日の不信は親不孝である。父なく過ごす2週間というのは母にとって初めてのことかもしれない。一人で過ごすことにすっかり慣れてしまった子供は、そうして大事な機会を捨ててしまっているのだろうか。
まだ早い夕時は暮れることも忘れてさっさと退場してしまった。部屋の明かりに照らされて雪山の白さが際立つ。父も母も大変だ。それとは別に私も大変なのだが、交錯させるべきでもない。謝りの電話をいれて、来週でかけてみますです。
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