私季彩々
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| 2002年12月17日(火) |
浜魚の匂いを漏らすブリキ箱積む婆今日も乗せて鈍行 |
インターネット上で立ち寄るページはそんなに多くない。ほとんどがニュースと日記だったりエッセイだったりする。そんな私が好んで寄るのが北海道関係の地域ページだ。特にここのところは「北海道観光大全」というページにはまっている。 北海道の普通の見所を網羅するページで、一般的な観光地はほとんど無視されている。全ての駅の詳細な情報や駅前の様子、道道の道路概略など、一見何もないところで楽しめる目を持ちたいと願う私にとっては頭が下がるページだ。 特に各駅紹介は素晴らしい。それも全て列車で訪れて実際に下車するという気合の入りようだ。私の地元駅や下車したことのある駅の事がかかれていたりすると、自分が見えていなかったことを思い知らされてしまう。 北海道の駅にはとんでもないところがあるようで、停車はしてもその駅には続く道がない「秘境駅」というものがあるようだ。その名前だけでもゾクゾクするが、実際行ってもその気持ちになれるかといえば多分興ざめするだけだろう。私もそういう気持ちになれる感性が欲しいのだが、いまだだめである。しかもこのページはすこぶる若い人だ。
北海道には歴史がないとついつい言ってしまいがちだが、明治期以降の和人移入盛期から、その前の越前舟、アイヌ人との交流、さらに日本書紀にさかのぼる歴史があり、史跡のみが語るものも多い。そう風土記に思いを馳せられるような人を私は尊敬する。
私の実家近くには胆振線というものがあったらしい。私が中学の頃廃線になったらしいが、それなら覚えていてもよさそうだが全く記憶にない。なんと無関心な奴だったのだろうと自分で憎らしくなる。あの頃無理にでも旅に出されていたりしていたら人生観は大きく変わっただろうなと思う。部活や勉学に勤しむのもけっこうだが、中学くらいに入ったら夏休みには普通列車・バス乗り放題&ユースホステル10泊無料券を学生全員には配布すべきではないだろうか。たとえ隣町でもいいから自らの足で放りだされれば、地域にも目が行くし、旅行じゃない旅が経験できるし、修学旅行で乱痴気騒ぎしか出来ないお寒い状態ではなくなるだろう。世界地図を開く前に地元の神社や駅の歴史を紐解くべきだ。海外に出たときにいえることが京都のことだけじゃつまらない。
私の汽車の記憶は高校時代にほぼ毎日乗った汽車通学だろう。正直良い思い出も少なく、そもそもすぐに忘れてしまう性質だが、思い返せば記憶のそこにはいろいろあるようだ。3年間ほぼ毎日ぎゅうぎゅう詰めだったが、そんな中、無人駅で必ず乗る太った婆さんが身の丈もあるブリキの箱を積んで乗ってきた。これで狭い空間がさらに狭くなった。ひたすら学生から反感を買っていたはずのこの婆さんは、この生活を多分数十年続けていたのだと思う。それを手伝う車掌さんからもそんな雰囲気は伝わってきたし、確かに戦中戦後からそういう生活を続けている人々は身近にいたはずなのに忘れ去られていた。アイヌの人などが多いはずの地域だったが、差別こそすれ彼らの実態や歴史は少しも学ばなかった。
まぁ私のような趣味は比較的高齢になると首をもたげるように関心が出てくるらしい。そういう意味で私も十分高齢者の中に入ってきたとも言える。不相応だがそれも良いだろう。無人駅のたたずまいに一首歌えたら人生豊かになったといえそうだ。そういえば、お慕いしていた本上まなみさんの結婚の縁は短歌の結社だとか。これは気合を入れて詠まなくてはならない。
来週はけっこう暇だから、思い切ってオホーツクの方でも出かけてみようかなと思いつつ。流氷には早過ぎますが、出不精になってばかりもいけないかなと。
浜魚の匂いを漏らすブリキ箱積む婆今日も乗せて鈍行
行商の荷担ぐ紐の荒縄に掌は似て婆は尊き
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