私季彩々
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私は趣味で詞や短歌を詠んだりするけれど、空を描くものが多いかもしれない。実際、星観にに行ったりすることもあったけれど、猫背で自信のない奴なので、地面を見ていることのほうが多いかもしれない。
空で思い出そうとすると、田舎の空。私は床屋が嫌いで、でも切った後は確かに爽快で、家までの数分の道を空を見上げながら帰った。その空がなぜか一番古い記憶だ。星座もわからない当時、軽くなった頭に涼やかな風が吹き、どんぐりの木が葉音を立て、誰もいない保育園のグランドの空は高かった。
空は何をするにも自由で、ロマンティックだから、何を想起しても陰鬱になりにくい。神話なんて荒唐無稽だが、そんなのもありかなと思わせる物語性がある。残酷な話もあるけれど、それは人の手に渡ってから発揮されるものだろう。空はどこまでも屈託がなく、気ままに回っているだけだ。
いろいろ見聞をつけて空を眺めると、癒されるものかもと思う。果たして子供のころ空を見上げて今のように感動したかなと思う。それほど子供は暇じゃないのかも。私は無感動な少年ではあったけれど。 子供達を集めて星空観望会などを開いたことが何度かあったけれど、感心の強さは、都会人>>田舎人、若い父親>母親>>子供>>おじさん連中。田舎人はほとんど無関心。子供は一瞬。母親は教育面での興味。何故かやってきたお父さんが一番熱心だったりする。星に興味があるのは実は大人だ。
人は空ばかり見ているのかもしれない。目の高さに広がる日常にどことなく違和感を感じながら、幸せに片足を浸しながら、もう片方の足で踏み忘れた、踏んでない自分の道を空に問うているのでしょうか。果たして空に問うて見つかるものなのでしょうか。
私は空をみている。空ばかり見ている。空の詞が溢れている。星ばかり尊ぶ。
そんなことを言われて、ふと、中島みゆきを思い起こす。「地上の星」。もう有名な曲だけれど、私には改めてその力を知らされる。 空は素敵だ。けれど、空ばかり見ていては、何もみてないのと変わらないんだ。
暦の情報載せてみました(一番上の右隅@札幌)。 今日の写真(お花畑@夕張岳 咲いているのはウメバチソウ)
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