私季彩々
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夕日に映える十勝連峰を見たいと急いだけれど、間に合わなかった。暮れた富良野の街で安くなった肉を買って、鳥沼のキャンプ場へ。鳥沼は富良野盆地の東のはずれにあって、私の行きつけのキャンプ場だ。まだ6月の平日とあって、まばらだが20張りほどのテントがあった。 マキを燃やしている人が二人いたので、種火をもらいつつお話に加わった。一人は40代くらいで、もう一人は20歳くらい。二人とも自転車とのことだ。私も昔は自転車で北海道を周ったくちなので、その話をしていたのだがいまいち噛み合わなかった。 その40代の方はいわゆる長期滞在者だ。自転車で走り回るのではなく、富良野にテントを張って、いられる間はここで過ごすわけだ。この時期にここでテントを張っている人はほとんどがこのタイプ。このキャンプ場は、夏の仮設住宅でもある。
4人の方が集まって話をしたが、40代の人は離婚をして北海道にやってきているとのことだ。話し好きのようだけれど、私とは話が続かない。ちょと避けられている気がした。 30代の人の1人は、スポーツマンタイプ。曜日感覚を失って久しいとのことだ。テント前にはフォークギターが鎮座していた。 もう一人は、新しい農薬補助剤の営業をしながら北海道を歩いているそうだ。その新薬もキャンプ場で知り合った人から営業を任されたという話。ベンチャーなのかなと思ったけれど、7,8月は農協でのアルバイトに勤しむらしく、何に本気なのか良くわからなかった。 ずっと話したのは22歳の男の子。富良野出身だが4年前に名古屋に出た後、2日前にここにやってきたらしい。所持金は2000円。昔の知り合いの農家を回って仕事を探すとのこと。私が買ってきた肉を本当においしそうに食べてくれた。
私は少し勘違いしていたようだ。ビールやつまみがあれば、みんなで火を囲んでお話ができるなと思って立ち寄ったのだけれど、ここの人たちは数少ないお金をやりくりして過ごす日常生活者であって、旅行者ではない。夏の間とはいえ、ここで長い人ならば10月一杯まで過ごすのだ。 会話は風来坊的当て無き人生の話が主だったけれど、80年代のそのような人が多かった頃の思い出話がほとんどで、40代の方の話は「早く足を洗え」とのところでまとまる。旅よりもここでの仕事の話ばかりで、とても閉鎖的だった。 けれど、みんな不器用に生きている人ばかりで、私にとってはとても話がしやすくてうれしかったことも確か。基本的には私も彼らの仲間だと思う。 学生のように一時を存分に楽しもうという期限も無い彼らは、はたから見れば非日常を生きる旅人的だが、まさに日常を生きている。そんな日常を楽しめる根っからの旅人はそうはいない。期限無き人生の旅人は、このようなところに留まってはいないだろう。
割り箸を使いまわしてまで節約している彼らは、お互いに携帯電話で登録しあっていた。キャンプ場暮らしで住所不定な彼らも携帯電話は欠かせない。私は持っていない。今日車でやって来た私は贅沢をしているようだが、尺度がちょっと違うだけだ。
次の朝起きると、60を越えている人が数人顔を洗っていた。そんな中、さわやかな女性が犬を連れてやってきて、夫婦でデイキャンプをしていた。その対比は一種異様だった。
このキャンプ場は私の大好きな場所なのだが、この雰囲気を敬遠して避ける人も多いそうだ。40代の人に、私もここのタイプではないといわれた。彼は間違っている。公の場所でタイプなどという言葉を使って閉鎖空間を作るべきではない。 近くを流れる小川で写真を撮っていると、その人が「何かいる?」と声を掛けてきた。この澄んだ川一面でゆらめく金魚藻の美しさに気づいているだろうか。絶対に気づいていた時期があったはずの人なのだから。
今日の写真《金魚藻ゆらめく小川(富良野鳥沼)》
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