私季彩々
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自信というものは周囲の寛容に支えられている場合、ある瞬間に脆くも崩れます。それが仕事のこととなれば当然で、うまくやっていたつもりの事が大目にみられていたということで、これまでの鍛錬が惰性のもとにいいかげんになっていたことを思い知らされました。まだ挽回は可能でしょうか。
家庭教師先の子供は大変できる子なのだが、細かいミスが多くて常に10点程度はポカをしている。だれにでもつき物とは言えるのだけれど、自分を見ているようで愛しくもなる。 私は単純作業が好きなのだが苦手だ。例えば、数字をそのまま写すという作業を100やれば必ず3つは写し間違える。何度確認しても駄目なのだ。 経理で経費を間違えれば仕事にならない。報告書に記載ミスがあれば仕事とはいえない。クライアントにだすものに間違えがあれば信用に関わる。 世の仕事というものは、多くの場合ミスを防ぐために何重もの人が関わっている。クリエイティブな仕事も原本のままでは外には出せないだろう。どっちの仕事も重要なのだ。 そうはいいつつ、クリエイティブではない私はミスを許されない仕事をしているわけで、スピードを犠牲にしても確実さを要求されている。そんな私は、やはり数字を間違える。文字を見落とす。
彼はいつも70点くらい。平均が45点とかだから十分なのだが、実力はもっとある。けれど、どんなに優しい試験でも彼が100点を取ることはないだろう。どこかで必ずミスをする。私に本当に似ている。 かれこれこの欠点を直そうと20年が経過して、全く直らない。周囲の人がミス無くこなすのをみていると、我ながら情けなくなる。振り返ればいいかげんにこなしている事が多々あって、唖然としてしまった。
合格点を取ることにはなれてきた私だが、100点をとらなければならないとなると厳しい。100点を取れる程度の問題をこなして、徐々にその難易度を上げていく。そういうところから始めなくてはならない。そういう訓練をしてこなかったことが、やはり悔まれますな。
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