私季彩々
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2002年02月18日(月) 雪解けの路に落とせしマフラーは冷たく重く君と別れて

 お金を引き落とそうと思ったら暗証番号が違うといわれた。次もまた違うといわれた。3回間違えるとカードがお釈迦になると聞いた事がある。思い切って他の番号を入れると当たりだった。どきどき。それにしても世の中、覚えてなきゃいけないことが多すぎる。

 自分は記憶がいいほうなのかわからないけれど、よくまぁそんなことまで覚えてるねぇといわれる事が多々ある。受験勉強のことなどは聞かれれば大抵引き出せる。ま、これはほとんど生業だからいいとしても、旅行途中でどういうことがあっただの、誰と誰がどういう言い合いをしただのと結構覚えていたりする。まぁくだらないことがほとんどだ。

 でも、記憶が共有できるというのはうれしい事で、友人とか恋人とか夫婦とかは、そういうものが増えていくことも一つの醍醐味みたいなところだろう。余計な事まで覚えていて気が重くなる事もあるだろうが、片方が忘れている場合などは喧嘩の種にもなるでしょう。思い込みが強ければ強いほど、愛が醒めたのね、などと自分まで醒めてしまうかもしれない。

 昔付き合っていた子に、「そんなことあったっけ?」といわれた事が何度かあった。特に気にもしていなかったのだけれど、「?」が「そんなこと覚えていない」とか「そんなことよく覚えてるねぇ」に変わっていったように思える。
 お互いの距離が離れ始める頃というのは、思い出の重さも変わってくるのでしょうか。「楽しかったねぇ!」と話したことが「そう?」と返されてはカチンとくるものだ。未練がましくもなりがち。共有するという事の難しさと、それだけにうれしさとが相交錯して歳をとってしまったかも。

 人によっては別れたときはもらったものや思い出の品を全て処分する人もいるだろう。私はその彼女からもらったものはほとんどないのだけれど、マフラーをもらったことがある。手編みではないし落ち着いたものなので今だに愛用している。
 昨日交差点をわたりきったところで、確かに持っていたマフラーがないことに気がついた。日中はマフラーをするほど寒くもないからはずしていたのだ。
 慌てて探した。戻りながら。初めはただ落としたことを悔んでいたけれど、それがもらい物であること、数年愛用していたこと、彼女の顔、包んでいた包装紙まで徐々に思い出しながら。立ち寄った店に顔を出してやっぱりなかった時は、やっぱりまだ未練があったのかなぁと自分の情けなさまで自覚するに至った。
 で、その店の近くの水たまりにマフラーは落ちていた。うれしかった。

 そんなものさっさと処分してしまえというのもあるけれど、今ある自分も過去があってこそ。想い出は過去に遠ざかれば全て美しいと信じて、濡れたマフラーを拾い上げました。

 私は記憶がいいという訳ではない。忘れる方がよっぽど難しい。多分無理なのだろうと思う。忘れた方がいいとも思わないし、そんな記憶があるとも思えない。暗証番号などとは同じ次元のものではないのですし。


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