私季彩々
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星座や血液型占いを全く信用しない私はてんびん座です。
てんびん座というと、イメージ的には公正、中立のイメージで、裁判官なんかが向いていそうな感じ。半面冷徹で冷たい感じもある。
「冷たそうな」というのが私の印象であるようで、何回かいわれたことがある。電話で話しただけでそういわれたことも2、3回あるから、実際そういう雰囲気をもっているのだろうし、付き合いにおいてもその辺の先入観を払拭できないまま推移してしまう事が多い。 まぁ、それが事実ではあるだろうけれども、公務員の研修の時に、信頼性が高いという性格分析”エニアグラム”では、40人中3人しかいない”愛の人”なのだから笑ってしまう。 次点で”芸術家タイプ”だった。このタイプは公務員には向かないらしく実際一人も居なかったのだけれど、さっさと辞めてしまった私は”愛の人”よりはそっちの方だったのかもしれない。1点差だったし。公務員不適格だったのは間違いなかったようで。
適正と理想というのは反発することもある。私はその典型で、動物アレルギーで獣医、愛の人志向で冷たい奴。精神分析を信じるならば、私は表面とは対照的な人間となる。
占いは信じないけれど、その考え方に共鳴できる点が一つある。それは自己分析だ。まず自分の事が一番わからない。自分を占うことはタブーだが自分の状況がどういうものかを知ることが何より重要かということを問うている点だ。
何よりわからないのが自分の事で、自分の事は自分が良くわかっているなどというのは迷信だと思う。そんななかを自分を信じて走らなければならないなんて神様はなんと無慈悲なと思ったりもする。 悪い意味でのプライドの高さというのは、自分の事をより深く他人が知ることへの恐怖感かなと思う。そこを飛び越えなければ恋愛や友情は生まれないわけで、そこで惑い悩む人が多いのではと思うし、私はその典型だ。
人が天秤の秤の上に載るものだとすれば、それが釣り合うのは揺れながらバランスをとっている状態だ。自分も変われば相手も変わる。振り子のように揺れる感覚こそ人の本質かと思う。 揺れなければ停滞だと不満に思う。揺れていれば不安に思う。感情を表に出せば振り子は揺れる。そこに安定があったりもする。止まった独楽はバランスを取れない。
皿の上の自分はコロコロとその重さを変える。バランスを保っていたと思っていた相手が入れ替わってしまう事もある。時にはその相手も消えてしまって、地に落ちるような感覚に襲われる時もあるが、必ず向こう側には代わりの何かが乗っかるのも確かなようで、また揺ら揺らと上がりだすのもまた不思議。
「揺れる」ということは人の本質なのかもしれませんね。
遠すぎて見えない天秤竿の先 揺れつつ闇をじっと見据える
すっぴんの魂を投げ合う二人なら大揺れ小揺れで釣り合う天秤
3つ目の皿に命を乗せ揺れる 幸の一軸増えて天秤
天秤に繋がる皿は無数なる事に気がつく長旅の後
天秤は回り始めて乗る皿が天馬に変わるメリーゴーランド
半身を欠いて崩れぬ天秤は人乗せ回る地球と気付く
※魂:たま
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