私季彩々
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熱帯魚のヒーターランプがオレンジ色に明滅している。
夏に衝動買いした一式は3000円也。ネオンテトラを買ってきたのは秋風吹く頃だったような。それ以来、一日2回だった餌は2日に一回になり、点灯していた蛍光灯もつけずに過ごす事が多くなり、わずかにあった水草も全て枯れ果ててしまったが、彼等10匹は健気に生きている。初めは沈むまで餌を食べなかったのだが、今では浮いた状態でも必死についばんでいる。ズボラな飼い主に当たると優雅さも消え去ってしまうようだ。
北海道などというところで熱帯の魚が生きているのも変な話。それはこのヒータが作っている環境に依存しているわけだ。冬場に入って水の減り方も急になってきて、冬場の乾燥と温度差を実感してみたりする。
氷点下の環境が続く北海道で生き物が普通に暮らすというのは本当に酷なわけで、寒い地方に行けば行くほど動物は大型化してくる。熊なんかはその典型で、冬眠までしたりする。植生もある意味単調で、スケールこそ大きいが脆さもまたひとしおだ。 中国地方の山林は過去の製鉄用の燃料として幾度も伐採されているが、肥沃な土壌と湿潤な気候で強力な再生力を持っているそうだ。広葉樹の豊かさには驚くものがある。 その反面北海道の針葉樹はほとんどが人工林に置き換わっている。親指ほどの太さになるまで5年はかかるのだから、草の生長に比べてはるかに遅い彼等は幹になるまで過酷な競争と運を勝ち得ないといけない。
雪の原が美しいと流す涙が熱を奪っていく。乾燥した雪原では凍るよりも蒸発の方が早い。そんな極寒の地で人は自然を恨むのではなく尊んできた。その両者にはさほどの差はないが、尊ぶ方を選んだ先人がいた事が人の誇りであるし、そうでなければ生きていけなかったと思う。美しいという感覚もまず尊敬や素直さから生じるもので、それもまた人の優勢な感情だと思う。
北の熱帯魚。悲しくも美しい。どちらかといえば、私はこのヒーターの効いた水槽の中から、水のレンズ越しに雪景色を尊んでいるに過ぎないように思える。今よりも雪の白さと、それを握った手が赤くなっていく様を私は知っていた。 そこに近づきたいと思う私は、今確かに存在している。
貧しくも厳しい雪渓に住む岩魚として生まれ、冬を越えた渋みのある大魚イトウとなりたいなと思いつつ、今はぬくぬく熱帯魚です。
いつからか恒温槽の熱帯魚 夢は冬河のイトウなりしも
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