私季彩々
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| 2001年12月24日(月) |
無防備な重さ湛える膝上の君に知られたくない吾の震え |
コートのポケットには見知らぬ女性の字でカードが入っていた。先日行ったキャバクラの女の子のもの。さすがは商売熱心。うれしいけれど、顔も覚えていません。自腹でこういう店行く事は絶対無いだろなぁ。
膝上の猫が、のどのあたりを腕の丸みに載せている。このジャストフィット感と重みは素敵です。無防備の重さというか、信頼の重さというか、堅さのひとかけらの無い重みというか。こういう事ができるのは猫くらいかなとも思ったりします。 例えば恋人の肩に頭を預けてみたりするときもそういうものでしょうか。膝枕なんかもそうですよね。重さと温かさがこんなにも嬉しいものなんだな、と手のひらをそっと置いてみたくなります。
腕枕とかもいいけれど、実はそんなに居心地は良いらしくない。あたしゃ痩せているから尚更ですが。ま、枕の方がいいわいね。 そうなると、肩を貸すのも結構疲れてくる。膝の上に30分もいられたら、いくら素敵な彼女だってそろそろどいてくれん? と思ってしまう。 ”朝までこうやって抱いていたいな”てのは確かにそう思うのだけれど、しまいにゃ疲れてくるし、かといって疲れたともいえないし(言ってもいいけれど)。 私はこの時が一番苦手でして。果たして女の子は、本気でずっと本当に抱いていてほしいのでしょうかね? 眠ってくれればいいのだけど、体勢が変だと眠れないしょう?
じっと肩寄せあったまま朝を迎えるなんて素敵。けれどそこで疲れちゃうのが私の情けないところ。そんなときに無理して抱きしめても、傷つけるだけだったりするから難しいなぁ。無防備な重さが緊張の張りに変わるとき、自分の包容力の足りなさに情けない思いにさらされてしまいます。 ちょと昔話。人との間の取り方がわからない、某男の嘆きです。
今日の映画”パリ・テキサス”★★★★☆ ヴェンダーズでありながらまだ観てなかったの。素敵なロードムービーです。 初めは気が触れた男の話かと思ったけれど、傷ついただけの事ですな。愛しすぎることと傷つけあう事に耐えられなかった男女の悲劇でしょうか。なんか、今の私にはしんみり来ました。 失踪した父のいう”4年ってながいの?”という言葉。何かを克服する時に流れる時間が長いのか短いのか。それに振り回される周囲にとっては長くても、本人にとってはそうでもなかったりする。それを判ってほしいというのは、無理な事なのでしょうか。ただの甘えなのでしょうか。このことも、今の私には大きい事だったりします。
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