私季彩々
DiaryINDEX|past|will
”北海道探検記”という本を読んだ。本田勝一という方が書いた本で1960年代の北海道の地方をみたルポルタージュだ。 知床からパイロットファーム、道北の開拓地などが主だが、たかだが40年前に全く異なる光景が広がっていた。まさに開拓期で、掘っ立て小屋に住んで馬を頼りに暮らす時代が確かにあった。札幌や内地で車が日常となった頃に、米も食えない生活があった。大自然などという言葉は悪魔の言葉であって、闘うことを日常とした人々の姿があった。 知床峠をこえる横断道路の近くには、たまに廃屋が点在する。納屋だかなんだかわからない代物だが、この本を見るとそれが開拓期の馬小屋兼居間だったことがわかる。そんな家々が、道東の国策パイロットファームには点在していたわけだ。そこでの暮らしは、語るに尽くせないものだったようだ。今、大規模になった牧草地帯は、初期の方々が育て上げたというよりも、その挫折の後にやってきた方々によるものらしい。
知床は秘境などというものではなく、単なる自然だった。海に生きる人が生業として暮らす。観光という平べったい価値観が入る以前は、ただの人の入らない場所だった。それも今では摩周湖、宗谷岬に並ぶ典型的な観光地になってしまった。
北海道的なもの、というのは、道外の方と話すのと地元の私達では随分と違うようだ。特に北海道が好きだという方は、典型的な道内観光地には興ざめする事だろう。決まりきった食事と思考の止まったスピーカーから流れる御当地懐メロには、閉口するばかりだ。どちらかというと、車窓から眺める風景に時を忘れるくらいの感覚がいいのだろう。
牧歌的という言葉は、多分ここ2〜30年ほどの言葉なのだろう。広大な牧草地には朽ちた廃屋があることを覚えていたい。林道の奥には、樺太引揚者の入植跡地があることも心にとめておきたい。妙に開けた草原が廃村となった村で、一番賑わっていた場所が小学校の校庭跡だったことも、大理石の碑だけが覚えているなんてちょと寂しい。韓国からの強制労働で開かれた鉄道は、1年で姿を消していたりする。 そんななか、松浦武四郎の紀行路がわずかに残っていたりする。北海道では滅多に味わえない歴史浪漫も、こうして辿れば幾つもある。庶民史しかないからこそ深く知るべきだ。
流れる光景を愛でる事は、とても素敵なこと。そしてさらに一歩、足を止めて眺めると、また趣が違う。そして聴く事、知ること、振り返ること。味わいはつきない。
私は、旅に浅いも深いもないと思っている。ただ薄皮のように張り付いた”観光地”の縛りからは抜けるべきだと思う。そうすれば、後は玄人も素人もない。そうであれば、次は誰かを迎え入れる事ができるのでしょう。
今の北海道は悪くないと思う。ただ失った自然と展望の不確かさだけには、危機感があっていい。北海道は世界の歴史上最も急激に開発が進んだ地域だそうです。
Home&Photo
|