私季彩々
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私の車は10年落ちの車で当然CDやらMDなどはついていない。カセットテープはあるけれど今時CDからテープに落とすのも気恥ずかしい。そこで今までとっていたテープを持ち込んで聴くのだが当然10年近く時代をさかのぼる事になってなかなか楽しい。
ユーミン、谷山浩子、YMO、TOTO、QUEEN、ZABADAKなどなど訳のわからん組み合わせとなっていて若い子を乗せるときはなんとなく気恥ずかしくてFM専門となる。そんななか延々と聴きつづけていたのが渡辺貞夫のベスト版だ。 高校の頃ようやく普及してきたCDプレイヤーが我が家にもやってきた。それで初めて借りたのがこのCDだ。めちゃくちゃ感動。奮発してメタルテープを買ってダビングした。しまいにはSAXまで買ってしまうほどほれ込んだ一枚だった。 そのテープは今にいたるまで聴きつづけ車に乗るようになってもずっとかけていた。ドライブにも最高にいい一枚であった。 しかし酷な車内環境だからそのうち伸びる事は想像に難くなかったのだけどズボラな性格が的中してついに間延びするようになった。あれだけ聴いてれば当然だけどついに来たかという感じだ。 すでに空気のようになっていた音楽がテンポを失ってしまった。知らず知らずにテープのボタンを押しても返ってくるのはゆがんだ波ばかり。音を意識してしまっては音楽にはならない。そう思うとこのテープは私にとってサティが目指した音楽という事になるのだろうか。 エリック・サティは個人的にはフュ-ジョンの祖だと思っている作曲家で現代曲っぽいピアノ曲はファンも多い。彼はある展覧会で客が絵に見入っている中、自分が作曲した曲を流したという。そしてその曲に気がついた人がいたことに深く嘆いたという。彼は誰も気がつかない音楽を目指していたそうだ。
思い出したのは”大きなのっぽの古時計” ”今はもう動かないこの時計” 止まってしまった時という完了形の感覚が呼び覚まされた気がしてならない。それは”悲しい”というよりも”哀しい”で、それよりも”寂しい”ということだろうか。
言葉をかけるとしたら”長い間ありがとう、ご苦労様でした”というところでしょうかね。
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