私季彩々
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とある川の淵に岩穴があってそこに入り込んだ山椒魚。住まううちに体も大きくなって気がつくとでられなくなった。なんとも間抜けなお話だがそんなことはよくあることなのかもしれない。
専門にしがみつくのは愚かだという。専門馬鹿の例えもあるし小さな事にこだわって大海を見失う。それだけならまだいいが、できる事がそれだけだという事を悟られないようにどんどんと閉じて意固地になってしまう。極めるという事が針の先に登る事と勘違いしてしまうと頭ばかりが大きくなって出るに出られなくなる。
舞う花粉にも嫌気がさす。ほがらかに舞う子海老たちを羨望のまなざしで見つめてしまう。他の連中にも同じ苦しみを味合わせてやりたいとさらに自分を貶める。
山椒魚は迷い込んだ蛙を閉じ込める。大きな体で出口を塞いで。冬は鉱物となり夏は生物となり2人は互いを牽制しつつ息を潜める。 そんななか小さくもらした蛙の嘆息が緊張を解く。山椒魚は出口を開けるが蛙はもう動けない。
山椒魚が問うと蛙は答える。 ”今でもべつにお前のことをおこってはいないんだ”
誰もが怒りを持続させて生きる事はできない。一瞬はそうできたとしてもそれは一時のことだ。
その岩穴は袋小路。厚い岩壁は自分の作った恐れ。岩穴は安全だが閉じている。そこから出るにはどうすればいいのかわからないが、蛙の言葉に耳を貸す事も必要だろう。 自分を守るために作った壁の向うにはすでに敵はなく、平和な日常だけが広がっているのでしょうから。
※井伏鱒二「山椒魚」より
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