私季彩々
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大金というと人それぞれ。私は貧乏だから1万円でも大変だ。そんな私も今日は24万円を振り込むという、人生でも2番目に大きい支出をする日だった。銀行で引き落として振り込むまでの数分間。お金はすぐに封筒に入れてしまったからか、そんなに実感はなかった。 番号を呼ばれて封筒を渡した。人の手に渡ったお金。目の前で数えられる1万円札。機械的に数えられる。2度確かめられる。その1枚1枚が私にその現実を思い知らせていく。確かにこれは、私が苦労しつつも貯めたお金だ。通帳に眠っていたとはいえ、この前にあるお金はあらゆる可能性の一部だった。それが今、無感動に数えられて消えていく。いいようのない無力感に私は小さく震えていたような気がする。 結構必死に貯めたお金だけど無駄金になるかもしれないお金だった。けっこう頑張ったお金だった。そのお金も窓口を過ぎれば背景もわからない”札束”に変わっていく。私の想いもただの群れの中にまぎれてしまう。 そういうものなのだろうか? いつまでもこだわってはいけないということか? そんなつもりはないけど、こだわっているのはお金だったのだろうか?
不安定に生きているとお金や他人の目なんかにゆらゆらすることになる。いやいや、銀行というのは未練を捨てる場所なのかもしれない。
と、そこに4年振りに札幌にいるはずのない彼に再会したのだった。大金はすぐに利子を運んでくれたってことねん。今日ここに来なかったら一生会わなかったと思うから、お金というのは縁を運ぶもの、ということなのかねぇ。
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