◆KALEIDOSCOPE◆ |
◆Written by Sumiha◆ | |
| OLD | CONTENTS | NEW |
一体何を信じれば? | 2004年10月19日(火) |
アルファベット26のお題 D. dally(もてあそぶ)/後編・1(……) 買い物リスト作成のために一つ二つ質問があった。 育ての親の部屋に入った理由だ。 軽くノックし、返事が無かったからドアを開けた。 たまにノックに気づかない。本に熱中していたり何かを深く考えていたりで。だから別段常識の無い行いではなかった。普段通りだった。ここまでは。 彼女は大抵部屋か店にいる。いま店番はジラスとグラボスがやっているから、部屋にいる筈だった。 「おい、そろそろ羊皮紙――――」 部屋には気配が無かった。入る前に誰もいないと気づくべきだったのだ。 どこ行ったんだと回れ右をする直前だったか直後だったか。見慣れない色が目の端を掠めた、気がした。 開け放したドアをそのままに気になった色を探す。 右端、壁際にベッド。薄いピンク色のシーツとカバーがかけられている。乱れは無い。きっちりベッドメイクされている。家も家具も人間サイズだ。竜としてではなく人間として住んでいるために。 ベッド脇にはサイドボードと花が活けられた花瓶。普段と変わりない。視線を左にずらす。窓。閉じられている。同じく薄いピンクのカーテンは両脇によけられ、やはりきちんと留められている。更に左。 左端の壁際、机と本棚、観葉植物の植木鉢。本は一冊も出ていない。どれも整然と並べられている。植木も枯れていない。部屋は片付けられている。ただし一点のみ除いて。 机の上に乱雑に散らばっている何枚もの紙切れ。 綺麗好きのあの養い親が、こんな風になにかを出しっぱなしにしているとは。珍しい。 机に近づき紙切れを手に取る。正しくは便箋だった。誰かと養い親の手紙だ。知らぬ間に文通などしていたらしい。それも結構な昔から。何枚も机に出されている。 好奇心には勝てなかった。 耐えられない。 おそらく薄々気づかれている。だから時折、含みのある眼差しでこちらを見るのだ。 探るような責めるような顔に耐えられない。それ以上に、自分の中にある秘密に。 そうだ、一番耐えがたい。隠し事をしている現状が。言ってしまいたい。言って楽になりたい。ただしそれは更なる苦痛の時間の始まりを意味する。楽になどなれない。 日常を壊したくない。幸せを自らの手で握りつぶしたくない。 ようやく穏やかな生活を手に入れたのに。 …………まただ。また、「ヴァル、」妙な苛立ちは苛立ちの一因に掻き消された。 複雑な感情を宿した瞳でこちらを見ている。 「こぼれるでしょう」 はっと手に持ったポットを上向けた。香茶がカップになみなみ注がれている。その香茶の色もどす黒く、まるで珈琲だ。砂糖をいくつ入れたところで飲めた代物ではない。 溜息をつきポットを下ろした。 「悪い」 淹れ直しだ。せっかくの食後の楽しみが。 「いいわ。わたくしがやります」 座っていて、とテーブルを指され大人しく従う。 料理はひととおりできる。彼女に仕込まれた。苦にはならなかった。楽しかった。自分の手で何かを一つの形に作り上げていく作業、その過程が。誰かを喜ばせられる。美味しいと言ってくれる。失敗しても苦笑とアドバイスをくれる。不味くても食べてくれる。心がじわりと温かくなる。 香茶の妙な色の原因は茶葉の入れすぎ、蒸しすぎ。基本的な失敗である。上の空だった証拠だ。 二度目の溜息をつく。 最近わけのわからない思考に支配される。きっかけは手紙だった。あれを見た日から。 まるでもう一人の自分が陰から囁きかけているようだ。覚えの無い意味深な呟きを残し一瞬で消える。さきほどのように。 ようやく穏やかな生活を手に入れたのに。 どういう意味だ。荒んだ生活でも送っていたのか? 誰が? 何かがおかしい。気づいても苛立ちを隠し黙っていた。笑われるのも嫌で、変に心配もされたくなかった。 そろそろ限界だ。不信感は何でもないの一言で消せない大きさに育ちきっている。 だが言えない。 「どうぞ」 ありがとうの代わりにイタダキマスと香茶を受け取る。 彼女は向かいに座った。定位置だ。向かいで食事して話して笑って怒って。 ずっと、見てきた。 香茶をひとくち、ふたくち口に含む。熱さと控えめな甘さが広がる。 美味しい。文句なしに美味しい。 常ならば落ち着くはずの香りにも温かさにも美味しさにも、心を落ち着けられない。焦りが増すばかりで何の解決策も浮かばない。 どうする。どうすればいい。第一なにを言えってんだ。 自分でも正体を掴みかねているのに。 両手でつつんだカップを見つめる。きれいな琥珀色だ。動揺が手に現れさざなみを立てている。映った自分の顔も歪む。 「ヴァル。買出しに行った日から、変ね。なにかあったんですか」 詰問ではなかった。厳しい口調で問い質されたなら何でもねえよと突っぱねられた。 卑怯だ。話さざるを得ない状況に追い詰められている。 「別に、」 「手紙」 落とされたキーワードに顔を上げる。 「読んだのでしょう」 いつもの微笑みだ。いい壺ねと仕入れた商品を誉めるときの、オリジナルの料理がうまく作れたときの、ケンカして仲直りしたときの、……だが、なぜか。泣き笑いに見えた。 黙って人のプライバシーを覗き見た。怒られて当然の行為だ。 彼女の顔は悲しいほど澄んでいた。激昂の予兆も見られない。 ごめんなさいとも、あんな誰でも見られる位置に置いとく方が悪いとも、言えなかった。 ――つづく。 稿了 平成十六年十月十四日木曜日 改稿 平成十六年十月十八日月曜日 つ、次で終わります……。長すぎたので切りました。おかしいこんなはずでは。書きたいシーンまで行けてない。 BGM 鬼束ちひろ INSOMNIA | ||
| OLD | NEW | CONTENTS | HOME |