| 2001年09月15日(土) |
ちょっと学生時代日記。 |
昨日かその辺りに、卒業した学校から何か郵便物が届いていました。 空けてみると以前知らせがあった「卒業制作選抜作品集1998-2001」だった。 これがそれなのか…と思いとりあえず自分のが載ってるページを探しました。 実は私の絵は、何故なのか(本当に何でなのかを教えてほしかった。) ウチの学校のパンフにも掲載されて、良い意味で使ってもらえる絵で 良かったなぁ〜とか思いました。 あんなに先生に「面白いよ!」とか言われてた暗い絵が…仲間には その雰囲気から「(耳無し)ほういち」とか呼ばれた事もあったアレが…。
洋画コースなのにそのうち油絵の具を使う事が「やっぱ自分には合わねぇ」 とか思って乾きの早いアクリル絵の具を使う様になったり、テンペラに 興味を持ったりしてました。キャンバスも水性キャンバスを使ったり 卒制には板に布をくっつけて描いたりしました。
私では、大きな板を綺麗に切ったり組み立ててたり出来なかったので 洋画以外の先生にも(木工室にいたあの先生…名前忘れてしまった!!) 協力を得てお世話になりました。皆はキャンバスを自分で作っていたけど 私は結局、こんな場所にいながらも一度もキャンバスを作ることは ありませんでした。キャンバスに描く事があってもめんどがって(思いいれ がなかった)すでに出来上がっているキャンバスを買って使ってました。
2年間という時間はとても短かった。 私は得に技術を身につけることなく卒業した気さえします。 しかし、2年もあれば色んな考えを整理する時間としては適当だったかと 思います。 確かに少しは上達した気はしますが、(しなきゃおかしいよ)自分の絵に 対する考え方というのは、ここへ来なければ分からなかったと思います。 受験時代こそ辛かったけど、ここは本当に楽しかったです。 絵は相変わらず下手のままですが、色んな事に気がつかされた2年間でした。
私は、仲間の中では一番下手だと知っていたので、あんまり皆の前では 落描きとかしなかったです。すごく恥ずかしいものだと思ってたから。 人の似顔絵とかをスラスラ書ける友人がすごく羨ましいと思ったし 見たこともないような個性的な絵を描く友人もうらやましかった。 皆、私にはないものをそれぞれ持っていたのが、また楽しい事の一つでした。 今まで、同い歳の子が、自分みたいに絵を描き続けてきた…というのを 毎日会うという事はなかったので、何だか本当に不思議な感じもありました。
卒制の制作は去年の10月辺りから始まって、その時はまだどんな絵にするか、 だとか個々のイメージを問われる期間でした。 私はその時、まだ絵は描いてませんでした。 何が描きたいのか、どうゆう絵が描きたいのか考えてました。 かなり描きはじめが遅い組に入っていました。先生もなんだかどうも 一番心配していたみたいです…つくづく私は教師を心配させるのがいつの時代も 上手いと思わずにはいられませんでした。(すみません) 先生は、私の絵の事を一番理解していてすごく有難かったです。 絵の事を理解されると、私自身を理解されてる気になるので嬉しかったです。
卒制の制作は私の夢でした。本当に小さい頃から美大に入りたくて そこで大きな絵(100号以上)を描きたいと思っていました。 その先の夢はとくに考えていませんでした。 結局、入学を許されたのは9回くらい受けて、1つだけでしかも短大で第4希 望以下くらいに値していた学校だったのですが、良い学校でした。 そして私は、100号を描くことなく卒業しました。 卒制の絵は私が一番小さなサイズだったのでした。 でも何も後悔していません、後悔したいのはもっと沢山絵を残せば良かったと言う事くらいですか。 (というか、もっと自分が気に入れる様な絵を沢山描ければ良かった。)
受験時代、私はある女の人と出会いました。 彼女は5歳年上で当時、私の憧れる美大生をしていました。 私が17歳で彼女が22歳の時に出会ったのですが、私たちは本当に仲が良く なっていつしか親友になっていました。私は彼女が一番好きでした。 そんな彼女は翌年、卒制を制作し、その作品は何かの賞を貰っていました。 その作品を一目みたくて私は新幹線に乗ってその地まで見に行きました。 それを見た時、私は「どうしたらこんな作品が出来るんだろう」と 軽い嫉妬心にかられました。とても綺麗で大きな作品でした。 彼女はビジュアルデザイン科だったので、その他に絵本も作っていました。
おそらく彼女の作品は翌年の学校紹介のパンフに掲載されたと思いますが 私もそんな風になりたかったです。彼女に追い付きたかったのです。
そして私は受験を迎える事になり、今に至ります。 彼女は受験の時、誰よりも心強い味方でした。 いつしか彼女に自分の卒制を見てもらう事が夢になっていました。 でも、去年の秋頃に私は彼女と距離を置くことになってしまいました。 あんなに距離を縮めてずっと仲良くやっていきたいと思っていたのに ある事がきっかけで私は彼女とは2度と会いたくないと思うようになったのでした。 そしてまぁ…一ヶ月は人に心配されるような感じでした。 私に対しては穏やかな父がそのうちキレだすくらいに腑抜けていました。 今思えば、学校の仲間がいなかったら一ヶ月で済まなかった気がしますが。
彼女の事で悩むこともあったのですが、卒制に込めていた思いはどうしたら 良いのか分からなくなって、(彼女を描こうとも思っていたので) 結局行き着くところは、自分自身でした。私は自分を描きました。 自分の容姿は好きではないのですが、それしかもう思い付かなかったのです。
製作中の事はもうあまり覚えていません。 どうしてあんな絵が出来たのかも今じゃ覚えてないです…。 絵を描いてない時以外の事はなんとなく覚えてるんですが、 筆を動かしてる時は何故か覚えてないです。(皆もそうだっただろうか。) でも楽しかったと思います。友人と居残って描き続けてた事も良い思い出です。
そんな感じで出来た(アバウトすぎた)卒制が彼女と同じように 何かに掲載されて嬉しいはずなのに、私の心は複雑でした。 別に何かに載りたかったわけじゃなくて、そうされる事によって 大好きな彼女に一歩近付けるような気がしていたのです。 誰よりも卒制を見て欲しかった人は今は必要のない人間です。 (私のその極端な態度は少しおかしいんじゃないかと、 人は思うかもしれないけど、私はそうゆう人間なのです。)
色々な思いを抱きながら制作したあの絵…本当になんで選ばれたんだろう。 他に選ばれた人の絵が綺麗すぎて、よけいに謎が深まります。 (はっきり言って色んな意味で浮いてんですよ!謙遜してるんじゃない。) 仲間もきっと思ってるよ‥なんでセリ子の絵が…って。(笑) もしかしたら、神様が私の夢を叶えてくれたのかもな。 見てほしい人はなかったけど、成長はしたかったんだから。
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