Web Masterの日記



闘将逝く

2018年01月11日(木)

昨日同様、年末年始休み中に書きたかったこと。
新年早々、悲しい知らせ。
かつて中日ドラゴンズのエースとして活躍し、監督としても
中日、阪神、楽天と3球団を優勝に導いた星野仙一氏の死去の報。
死因は膵臓がんで70歳の若さだった…。

現役時代の闘志あふれる姿、特に巨人戦では憎らしいほどだった。
正直言って、巨人ファンだった自分は星野仙一が投げる試合は好きじゃなかった。
王、長嶋が星野を打ち崩す場面は本当に痛快だった。
引退後、監督となってからも闘志を前面に出した采配は選手時代と違い
なんかキライではなかったな。
中日時代は落合獲得のためにチームの看板選手を含む4選手を放出する
交換トレードを敢行したり、狭いナゴヤ球場から広いナゴヤドームに
本拠地が変わったことで、打力のチームから投手力のチームに変換したりと、
時には強引と思えるような手腕を発揮して2度のリーグ優勝。
阪神時代は万年最下位だったチームを2年でリーグ優勝に導くなど、
ここでも手腕を発揮した。
全てプロ選手で臨んだ2008年の北京五輪では4位という結果に終わり、
日本中からブーイングを浴びたが、2011年には球団創設から1度も優勝していない
楽天の監督に就任すると2013年にチームを初のリーグ優勝、初の日本一に導いた。
暴力行為のよる退場処分を幾度となく受けたり、自ら育てた若手投手を
自らの手で潰したりと良くない面もあったが、監督としての星野仙一は
まぎれもない名将と言える人だったと思う。

彼のモットーでもあったのが「打倒・巨人」
本当に中日や阪神の監督時代には巨人戦になると現役時代を彷彿させるような
闘志むき出しで臨んでいたし、パリーグの楽天に移ってから対戦した
日本シリーズの相手が巨人というのも、何かの因縁だったのかと思ったりする。

まだ正月ボケも覚めない中で突然聞いた訃報。
本当に今でも信じられないと言うか、驚きを通り越して絶句していると言うか…。
プロ野球の一時代を築いた人が、また一人この世を去った。
70歳だなんて、まだまだ亡くなるには早すぎる年齢。
死因ともなった膵臓がんは一昨年に元横綱・千代の富士が
61歳の若さで亡くなったのと同じ病気。
かなり厄介な癌らしいが、どこまで厄介なのか今度、真剣に調べてみようと思う。
星野仙一氏のご冥福を心よりお祈り致します。

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