Web Masterの日記



英雄逝く

2013年07月10日(水)

東日本大震災直後に発生した福島第一原発事故で現場対応をした
吉田昌郎元所長が食道がんの為に死去、まだ58歳だった。
原発事故から8ヶ月後に食道がんを患い2年後の今年に死去。
被ばくしてから、あまりにも発症が早いので原発事故と食道がんは
直接的な関係はないかもしれないが、被ばくした事によって
死期を早めたのは間違いない。

もし、あの事故の時の福島第一原発の所長が気骨ある吉田昌郎氏ではなく、
本店の意向に逆らうことができない人だったら、おそらく今、日本は
もっと大変な状況になっていただろう。
官邸の決定が出ていないことを理由に海水注入を停止しろと言った本店を、
いかにもそれに従うような振りをしながら裏で続けて行った事で、
大惨事からこの国を救ってくれた英雄の一人と言ってよいかもしれない。
何かと口を出してくる本店に、言うべき事を言い、とにかく全力を傾注して
事故の拡大を防ぐ陣頭指揮を執り続けてくれた、その事に感謝すべきだろう。
きっと、あの頃も体調は良くなかったはずで、きつかったんじゃないのかな?
それでも何とか頑張って破滅から救ってくれた。
野ダメの無意味な事故収束宣言を、他の誰よりも苦々しい思いで聞きながら、
今一度、現場で収束に向けた指揮を取りたいと思っていらっしゃったような気がする。

晩年…と言うにはあまりに若いのだが、あの事故のことを本に書き、
その印税を被災者に送りたいと思われていたようだが、
体調不良により、それは実現しなかったらしい。
最後まで戦ってこられた吉田元所長に衷心より哀悼の誠を捧げ、
どうかごゆっくりお休み下さい、と申し上げます。

そんな中で、バ菅元首相のTwitterでイラッとさせるようなつぶやきが…。

吉田所長が亡くなったとの知らせを受ける。残念の極み。
彼のリーダーシップと決断力に頭が下がる。
立場は違ったが同窓生でもあり、原発事故についてもう一度
ゆっくり話をしたかった。
ご冥福をお祈りします。

よくもまぁ、こんな事が言えたもんだ。
何が原発事故について、もう一度話したかっただと。
ふざけるな!
仮に吉田さんが生きていたとしても、絶対に話したくなかったはず。
特にお前とはな!
今度の参院選で民主党を潰してやりたい気持ちにさせるよ。

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