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2009年12月08日(火)
今から68年前の12月8日(現地12月7日)、ハワイオアフ島真珠湾に 帝国海軍機動部隊が奇襲攻撃をかけ、本格的に対米英との太平洋戦争が始まった日。 あれから70年近くが経って、いつの間にか人々から戦争そのものの記憶が なくなってきているようだ。 すでに平成生まれの若い人たちの間では「日本ってアメリカと戦争したの?」 などと言う連中もいるし、真珠湾がどこにあるのかすら分からず 真珠というだけで「三重県?」と答える脳無しもいるのが嘆かわしい。 しかし、多くの尊い犠牲の上にある、現在の平和を忘れないためにも、 終戦記念日のみならず、この12月8日も、もっと語られるべきだと思う。
もし駐米大使館が、きちんと奇襲攻撃前にアメリカに対する 宣戦布告文書を提出していれば、日本は「卑怯者」と言う 汚名は逃れられたかもしれない。 しかも、日本を汚辱にまみれさせた外交官たちは、 誰一人最終的な責任を取ることもなく、戦後も命を散らした若者たちと違い、 のうのうと生き延びたということに腹立たしさを覚えてしまう。 この日から日本は、非常に困難な道を歩み1945年8月15日、敗戦の日を迎える。 私的な意見だが、普天間問題で揺れているが、敗戦国である以上は 戦勝国であるアメリカの基地があっても仕方ないと感じている。 本来なら占領され、植民地化されていてもおかしくないのだし、 日米安保に基づけばアメリカ軍が駐留するのは仕方ないし、 有事の際の保険みたいなものでもあると思う。 ただ、基地から一歩外に出れば日本であるので、基地の中にいるアメリカ人が 外に出る時は、日本入国の際のチェックが必要だと思う。 まぁ、この問題に関しては以前に書いたので、そちらの記事参照。 http://webmaster07.txt-nifty.com/web_master/2008/03/post_9ba9.html
話を戻すが、攻勢終末点すら無視し、不可能な食料などの 現地調達を部隊に押し付け、戦争をどう終わらせるのかという 明確なビジョンもないまま、超大国であるアメリカとの戦争に突っ込んでいった 指導部は批判されて当然である。 そんな中でも、愛する国のため、愛する人のため、多くの人たちが命を落とし、 多くの人たちが傷を負い、家族を失いながらも築き上げてくれて 現在の日本という国を、我々はもう一度、きちんと考え、 自分たちの後から来る者たちのため、より良い形で残していかなければならない。
あの戦争はなんだったのか? 今一度、考える日にすべきかもしれない。
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