Web Masterの日記



かわいがりについて思うこと

2008年05月20日(火)

40歳代や50歳代にもなった良い歳をした大人が、
酔った酒の勢いでくだらない昔の武勇伝を延々と語り出すことがある。
「おれは昔、かなりの悪でねえ…」とか「俺が若い頃は…」とか。
若い頃の悪事を長々と聞かされるのほど、つまらないことはない。
特に自分の大学のOBは不動産とか土建屋とかを隠れ蓑にした
俗に言う893のような輩も多かったので、何のかかわりもないのに
学生時代はよく酒の席で聞かされたりした。
あまりにも同じことばかり話して、うんざりな時は
一段落したところで、酔ったふりをして
「なるほどぉ〜、結局は人間のクズだったんですね♪」と、
あっけらかんと言ってやるのが良い。
周りの先輩は一瞬、凍りつくが、酔っ払った後輩に対しては何も手が出せない。
そして、これで大抵は2度と誘われなくなるし、
くだらない話を聞かずに済むので助かった。

バラエティー番組やトーク番組に、元暴走族とか
元ヤンキーなんてタレントが登場することがある。
その時代の話を面白おかしく話す。皆、笑って聞いている。
自分の知らない世界のことなので興味もあり、面白く感じるのだろう。
改心して更正した人間の過去の悪事をいつまでも責める必要はない。
しかし、その手の話は決して笑って聞く類ではないと思う。
ましてや感心して聞くべきものでもない。
眉を顰めて聞くものだろう。
なぜなら過去とはいえ悪事なんだから。

今の世の中、社会全体に、こうした勘違いが蔓延している。
そうした勘違いが濃縮されて具現化したのが、
世間の常識が通用しない相撲部屋の閉鎖的な風潮や、かわいがりではないかと思う。
時津風部屋で殺人にまで発展した事件が起きたばかりなのに
今度は間垣部屋での「かわいがり」が発覚した。
結局は何も変わっていないと言うことだ。
だが、もしも時津風部屋の被害者が亡くなったり、
間垣部屋の若い力士のかわいがりの痕が発覚しなくて
将来に名の有る力士になっていれば、今回の事件も単なる
「武勇伝」として語られてしまうものではないかと恐怖を感じた。

角界の健全化とか綱紀の粛正だとか掲げる目標は立派だが、
前述のように社会に蔓延する勘違いが是正されなければ、
こうした問題の根絶は有り得ないだろう。
少なくとも「自分はこうして強くなった」などと
一部でも認める指導者がいる限りは無理な話だ。
再び「しごき」に似た「いじめ」は出てくるだろう。
というか決してなくならないのかもしれない。
そして外部においても、そうした風潮を容認する社会がある以上、
一部の勘違い野郎共の暴走を抑えることはできない。
これは何も相撲の世界だけに限ったことではない。
もう世の中、修正が効かないほどおかしくなってきているのは確かだ。

いつからこんな世の中になってしまったのだろう…。

 < 過去  INDEX  未来 >


Web Master