Web Masterの日記



少年犯罪を考える

2006年06月02日(金)

仕事行く前に有楽町マリオンの側を通ったら
自民党がインドネシアジャワ島地震の募金を募っていた。
見たことある顔だらけ。
その中でもひときわ目を引いたのは
薄いピンクのスーツに身を包んだ井脇ノブ子議員。
ちょっと異質で近寄れない雰囲気。
やっぱり、どう見てもおっさん顔だ。
仕方ないので募金は武部幹事長の募金箱に入れておいた。
ちゃんと届けてよね。
以前もここで募金活動をしていたのを見たが、
今回は杉村太蔵は来ていなかったな。
ブログで盗作があったから仕方ないね。


さて、今年に入り少年少女の犯罪が目立っている。
いったい、どうしたらいいのだろう…。
日本はどうしてしまったんだろう…。

原因を考える時、まず彼らが「命」というものを、
余りに軽視している様子が背景にある。
何の躊躇もなく、人や動物を殺傷する惨たらしい事件が繰り返されている。
少し前にも母親を薬殺しようとした少女がいた。
恐ろしい毒婦に発展しないか心配になる。

しかも、何時も感じることは、それに対する「罪悪感」が余りにも希薄であること。
まるで「バーチャル」なゲームを楽しんでいて、いつでも「リセット」すれば
元に戻れるとでも思っているかの様な錯覚に捉われている。

彼等は、そんな「リアリティ」の進む「バーチャルゲーム」世代が産んだ
「申し子」ではないのかとさえ考えてしまう。
しかも、捕まった後のお決まりの「謝罪コメント」が
接見した弁護士より報告されるが、しかし殺した後でどれほど反省しようが、
亡くなった命は決して返らない。
しかしそれで本人も反省しているとして、簡単に情状が酌量されたら
それこそ亡くなった被害者の無念は誰が晴らしてくれるのか?

少年といえども逮捕から時間が経つにつれ「保身」を覚え「コズルク」なりがちだ。
しかも、そこに汚い大人の弁護士による
何がしかの加担があるとしたらその罪は極めて重大である。
しかも彼らの行動を考える時「社会生活」を送る上での基本的な
「遵法精神」を欠いていることが分かる。
例えば、交通違反を起こしても短絡的にバックレようと、バイクや車で逃走し、
その過程で自爆事故を起こす例が、このところ後を絶たない。
そんな中で、やはり悪い事をしたら一定の体罰で
「お仕置き」する制度がないのが抑止に繋がっていないと感じられる。
人に与えた「痛み」とは、どういうものかを教えるのも教育だ。
その意味で、やはりこの際「百叩き」の復活を望むのが適当ではないか。
時代にあった刑法は自然である…。
それと、何度もこの日記で書いていることだが、
ゲームの規制をするべき時に来ていないだろうか。
ゲーム税を徴収すれば財政も潤うはずだ。
本来「遊び」とは、もっと多様で有るべきと感ずる。
年を重ねた者の勝手な解釈だろうか…。

明日は休みなのでゆっくりと体調を整えたい。

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