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2005年10月15日(土)
せっかく31年ぶりの優勝が決まると思い、 ケーブルテレビで試合開始からプレーオフを観ていたのに千葉ロッテ情けないぞ。 先発のサブマリン渡辺が無失点に抑えていたのに ストッパーの小林雅はマウンドに登った時からガチガチなのが観ていても分かった。 結局、押し出しまでしてしまい4点を与えて同点で延長へ。 こうなったらソフトバンクはイケイケムード。 案の定、10回に小野が打たれて呆気なくサヨナラ…。 いやな流れになってきた。明日は和田が先発か…。千葉ロッテは小林宏だろう。 まだ王手をかけているのだから、今日の敗戦はスッキリ忘れて 明日、必ず31年ぶりの優勝を果たしてもらいたい。
31年ぶり…。31年前の優勝って実は知っているんだよね。 昭和49年、忘れもしないミスター長嶋茂雄が引退した年、 カネヤンこと金田監督率いるロッテオリオンズは 有藤、弘田、山崎、得津、ラフィーバー、アルトマンなどのミサイル打線の活躍と 金田留弘、木樽、成田、村田兆治、八木沢、成重、三井などの多彩な投手陣で 後期シリーズを一位で通過し、前期一位の阪急ブレーブスとの プレーオフにも3連勝でペナントを4年ぶりに制し、 (1973年〜1982年までパリーグは2シーズン制だった) さらに与那嶺監督率いる中日ドラゴンズとの日本シリーズにも 4勝2敗で勝って、見事に日本一になった。 この年、巨人がV10を達成できなかったので、日本シリーズでは 憎き中日を相手にしたロッテを応援していた記憶がある。 スコアボードにオリオンズのOとドラゴンズのDが並び、 パッと見、どっちが勝っているのか、すぐに分からなかったのも覚えている。
その後、ロッテは2シーズン制を採用してた時期、1977年に後期優勝、 1980年と1981年に前期優勝を果たしながらも 阪急、近鉄、日本ハムにプレーオフで敗れ、いずれも パシフィックリーグチャンピオンになれず現在に至っていた。 1984年、1985年と稲尾監督時代に2年連続2位、 そして1995年の第一次バレンタイン監督の時に2位となったが だいたい毎年Bクラス常連チームだった。 千葉ロッテになってからも1998年にプロ野球記録の18連敗や 2002年の開幕11連敗とか、ここ数年は話題になるのは不名誉記録ばかりだったが 去年、わずか0.5差でプレーオフ進出の逃した悔しさもあり、 今季は12連勝があったり、10勝以上の投手が6人も出たり大躍進。 レギュラーシーズンではソフトバンクに次いでの2位ながら ソフトバンクとの対戦成績はイーブンだった。 短期決戦に強く怖い西武をプレーオフ連勝で破り、 勢いでそのまま優勝すると思っていたが、まさか4点差をひっくり返されるとは…。 経験の差が出てしまったといえば、それまでだが、しかし情けなかった。
OとLを重ね、3つの星を配したロッテオリオンズのマークって好きだった。 千葉ロッテマリーンズになり、短い期間だったがCLMの帽子マークと ピンクとグレーの配色ユニフォームは奇抜さを感じた。 今も試合ごとに3種類のユニフォームを着用していてお洒落さを感じる。 ロッテオリオンズになったのは1969年だが、 その前は東京に本拠地のある東京オリオンズだったってことは あまり知られていないと思う。 でも実は実は、荒川区にあった東京スタジアムって知ってるんだよね。 浅草に住んでいた叔母さんのマンションから、東京スタジアムが見えた。 なので、なんとなく子供の頃からロッテは好きな球団だった。 子供の好きなお菓子メーカーだったし。 だからこそ今年は優勝をしてほしい。今年こそ優勝する大チャンスだ。 たぶん、この日記にも書いたと思うが、今季始まる前から ロッテの優勝を期待していた。 明日、31年ぶりの胴上げとビールかけが見れることを期待したい。
自分たちの明日の試合はどうだろう…。 日中は陽が差し暖かかったが、夜には雨が降り続けた。そして今は止んでいる。 いずれにしても自分は明日の試合は出場を差し控える。 やはり腰の痛みが治らない。 バットなんか怖くて振れないし、走ることも無理だ。 なので明日は順延を望んでしまう完全に自己中心な自分と、 試合消化の関係上、自分が出れなくても試合自体は行いたいという チームのトップ、リーグのトップとしての自分が複雑に混じっている。 どちらにしても、あと数時間後には判明するけどね。
「野ブタ。をプロデュース」堀北真希を見たさにHDDに録画し 観てしまったが、ちょっと面白いかもしれない。 堀北真希も、やっぱ可愛かった。(^-^)
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