Web Masterの日記



多忙の理由

2005年06月30日(木)

やっと6月が終わった。
先月に続き、今月も忙しかった。
昨日も忙しく、帰宅後は疲れのために日記など完全スルー状態だった。
まったく、なんでこんなに暑いのに、とめどなく来客するのか
不思議なほどだったが、その謎が判明。

銀座は狭い範囲に一丁目から八丁目まであり、
規則正しく道路が縦横に敷かれ、碁盤の目のような街である。
これは関東大震災で崩壊し、立ち直った頃に東京大空襲で焦土と化し、
二度も大きな壊滅をした街だからこそなのだ。
よって復興に際し、新しく綺麗な街を最初から作り直したので
規則正しく道が敷かれ、電柱も全て地下に埋められた。
だから銀座には電信柱が一本もないのだ。

そんな銀座復興物語はおいといて、(^^;
銀座一丁目から八丁目までにある「お好み焼き屋」は、
現在うちを含め七軒ほどしかない。
そのうち、うちが昭和28年創業で50年以上の歴史があり一番古い。
たぶん東京中で一番古い「お好み焼き屋」だと思う。
次は約30年ほど前にオープンした元割烹だった
三丁目にある「葉名菱」という歌舞伎座の裏にある店だ。
どちらも形態は似ていて、自分で焼く「関東風」スタイル。
そして、どちらも大勢の予約客中心の宴会コースがある店だ。
他の店は、いずれも創業して10年も経っていない新しい店だし
カウンター式で狭かったり、宴会の予約をしない小さな店が多い。
なので銀座で古くからある「お好み焼き」と言えば、うちか「葉名菱」だった。

しかし、この「葉名菱」が先月の頭くらいから急に
「都合によりお休みさせていただきます」の貼り紙が店頭に貼られていた。
そして、ついに再開することなく「長い間ありがとうございました」と
閉店の貼り紙に変わっていた。
そういえば最近の予約客の中に「葉名菱から紹介された」という客も多かった。
また、例年以上の予約が先月、今月は入ったが、
宴会のできる数少ない「お好み焼き屋」でもあった「葉名菱」の
休業→閉店で、その客が同じ銀座にある似た形態のうちに流れてきたのだろう。
先月、今月と例年の倍近い忙しさだったが、そんな理由があったとは…。

「葉名菱」には1度も行ったことがないし、逆に向こうも、うちに来たことはない。
どんな人が経営しているのか知らないし、たぶん向こうもこちらを知らないと思う。
どちらも面識はないが、同じ銀座にある「お好み焼き」ということで
認知はしている程度の間柄である。
銀座辺りで古くから商売をしている場合、ライバル店とか競合店とかは一切気にしない。
それぞれ昔からの常連さんだけでも商売はできるから。
まして、どちらも自己所有の土地のため、テナントとして家賃を払いながら
商売しているわけではないのでライバルとか競合とかの意識は全くない。
まぁ、どんな事情があり長年やってきた店を閉めたのか分からないが、
また銀座から、古い店がなくなってしまったことには、少し寂しさも感じる。
それに同業ということでも、なんか複雑な感じだ。
やっと、ここ数ヶ月の繁盛理由が判明したが、そんな寂しいカラクリがあったとはね…。

ちなみに今月の売上合計は昨年一番忙しかった12月の売上を超えていた。
こんなに繁盛するのは嬉しいけど身体がもちません…。(+。+)

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