Web Masterの日記



改革

2003年10月08日(水)

昨日で原ジャイアンツの全試合が終了した。
わずか2年、その2年の間に栄光と挫折を経験し、原はユニフォームを脱ぐ。
ファンを無視した、とても理不尽なフロント主導の辞任劇だった。
いつかまた、夢の続きを我々に見せてくれることを願う。
お疲れ様、永遠の若大将。

さて、ファンからも白い目で見られながらの船出となる堀内ジャイアンツは
いったい、どんな野球を見せてくれるのだろう。
すでに現一軍コーチ陣は総辞職し、新たな布陣で戦うことになる。
今季のようにケガ人続出や外国人選手の期待はずれなど予想外の事態が
起きないとも限らない。魅力ある巨人は復活するのだろうか…。
そういえば、あの年、1975年の長嶋巨人最初のシーズンも
今季と共通点が多く、似たような状況で弱かったな…。

確か11連敗があったり、全球団に負け越して初の最下位になった年だ。
調べたら勝率.382で球団史上最低だった。
冷静に見て、今季の巨人はチーム編成の見通しが甘く、外国人が期待はずれ。
故障者が多く、采配にも切れ味がなかった。
1975年はON砲で球界を制圧してきた巨人が、初めてN抜きで戦うシーズンだった。
戦力低下は目に見えていたが、球団はV9の余力はまだあると甘く見ていた。
だが柴田、土井、黒江などの主力の衰えは予想以上。
鳴り物入りで入団した大リーガーのジョンソンは日本野球に馴染めなかった。
キャンプ運営に問題があり、シーズンに入ってから主力投手の堀内や
高橋一三、関本四十四がミニキャンプでやり直さなければならなかった。
引退し、すぐに政権に就いた長嶋人気が先行し、実のあるキャンプが
できなかった報いだ。
弱冠38歳で指揮を執った長嶋監督も、戸惑うことが多かっただろう。

今季の巨人は松井抜き打線をペタジーニで埋めようとした。
打撃面でつじつまは合ったが、故障欠場、拙守というマイナス面も目立った。
ダイエーが見限ったペドラザを救援の切り札に期待したのも誤算。
故障者続出は、手ぬるいキャンプに問題があったのではないか。
だがいまさら悔やんでも始まらない。
もう今季は終わり、来季のために大きな改革が必要である。
1975年オフにはエース格だった高橋一三と張本を、関本と加藤初を中心とした
大型トレードを敢行した。
張本加入により、壁際の魔術師であったレフトの高田を
サードに大胆コンバート。
巨人ブランドを身にまとい、人気の上にあぐらをかいていたナインに
緊張感が走るほどの大改革を行った。
この改革が、翌1976年の王座奪回、最下位から翌年に優勝。
さらには1977年の連覇へとつながった。

名門チームほど、改革に対して臆病になる。
球団も新監督も改革が裏目に出ることを恐れ、大ナタを振るうのをためらいがちだ。
以前の阪神なんかも、そうだったが星野監督が就任し、大ナタを振るい
見事に結果を残した。
あの時の巨人も高田のコンバートを決めた長嶋監督は
「ためらう前にやろう」と言って大改革を行い成功を収めた。
堀内巨人も大改革をする必要があるかもしれない。
特に中堅からベテランにかけては、巨人ブランドに
あぐらをかいている選手がいないとも限らないし…。
どうせ、やるなら徹底的に選手からもファンからも悪者になって
大ナタを振るい、新たなジャイアンツを築き上げてほしい。
巨人が強くなければ球界は盛り上がらないのだから。

1975年の第一期長嶋政権、自分は小学生から中学生にかけてだったが
今でも鮮明に覚えている。
あの最下位の屈辱は耐えがたいものだったし、
翌年、最下位から見事に優勝に輝いたときは歓喜した。
あの時の長嶋監督よりも今の自分は年上になってしまったんだな〜。
時代が経つのは早いものだ。

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