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2002年02月22日(金)
ソルトレークで開催されている冬季オリンピックが終盤に来て荒れている。 フィギュアスケートのペアフリーをめぐる不正採点疑惑や、 ショートトラックでも多くの?が付く裁定がくだり、 審判の判定のあり方が問題となった。 特に男子ショートトラック1500mは後味の悪い決着となった。 審判の主観が入る余地のある採点競技では数々のトラブルが起きている。 判定に疑惑を招かないようにする改善をしないと このままでは採点競技はオリンピック種目としての 生命を失うのではないだろうか。
今回のオリンピックは昨年9月11日に起きた同時多発テロ後、 アメリカは復興とテロ撲滅に対し、ひとつになった。 アメリカ人ほど有事の際、愛国心と団結力が高まる人種はいない。 そして地元での平和の祭典でもあるオリンピック開催。 開会式には貿易センタービルに掲げてあった星条旗も入場した。 すべてはアメリカのためのオリンピックのようになってしまったようだ。 このことが審判団の主観の中に入ってしまったとしたら大問題だ。
大会開始直後だったので、それほど問題にはならなかったが、 スノーボード男子ハーフパイプでも日本の中井選手が 最高難度の技を決めたのに地元アメリカびいきとも取れる判定に泣いた。 結局、アメリカ勢が表彰台を独占したが、 しらけた他国の選手達は表彰式に一人も残らなかったという。 審判団は地元アメリカに対しての大声援を無視できないのか…。 その他にも被害にあった韓国やロシアは怒りをあらわにぶつけ、 一時は閉会式のボイコットまで口にした。
なんか見ていてもアメリカびいきにしらけてしまう場面が多々見受けられる。 そして犠牲になるのは日本、韓国、中国のアジア勢と ロシア、ウクライナなどの旧ソ連勢ばかり。 確かにアメリカの選手たちは頑張っていると思う。 しかし、他国の選手だってオリンピックに出るために4年間頑張ってきたのだ。 IOCは開会式にグラウンドゼロの星条旗を入場させたのは 失敗だったのではないか。 同時多発テロとオリンピックは切り離して考えてほしかった。 確かにオリンピックは地元有利なのは昔からだが、 審判の主観に同時多発テロが入ってしまうことは避けてほしかった。
そういえば数年前、ソルトレークに開催地が決まった時も 金で開催地を買ったのではという疑惑があったが、 最初から最後まで疑惑だらけのオリンピックになってしまったようだ。
日本のメダルは里谷の銅と清水の銀だけに終わりそうだ。 物足りないように感じるが、前回の長野が異常であり、 こんなものだろうと予想していた。 しかし、オリンピックが開かれるたびに思うのは、 どうしてマスコミはメダル獲得に異常なほどこだわるのだろうかということだ。 メダルが獲得できるに起したこしたことはないが、 期待をかけられる選手達にとっては大きなプレッシャーだろう。 一方、期待をかけるだけかけておいて、メダルの色が期待と違ったり、 取れなかったりすると「惜しくも銀」とか「4位に終わる」などと 結果ばかりが強調された報道になりがちなことも疑問だ。 メダルだけがオリンピックではないだろう。 前回は地元長野と言うことで盛り上がるのは理解できるが、 4年前と同じ、いや、それ以上の成果を期待するのは酷な話だ。 メダルに届かず4位だろうが、予選落ちだろうが 国の代表としてのプレッシャーの中、戦っているのだから マスコミは過度な報道は慎むべきだ。 もっと選手が伸び伸びと自分の力を最大限に発揮できる環境を マスコミも周囲の人達も考えてほしいと思う。
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