*黎明ノォト*

2001年12月15日(土) 不幸

 人が不幸になるのは簡単だ。
 つまり、人を不幸にするのも結構簡単なのだと思う。

 大体、世の中というものに限らず全ての事象は、「自分」というひとつの視点からのみ認識される。その「自分」という視点は人の数だけ無数にあるけれど、それでもそれぞれの人は、その人のみが持つ固有の「自分」からしか、物事を捉えられないのだ。

 だから、世界は私を中心に回っていると同時に、すべての人を中心に回っている

 換言すると、「私の認識する世界」は、私を中心にしか回っていない。
 否。
 人は自分を中心にしてしか、世界を認識できないのだ。そして、それは非難すべきことではなく、当然の帰着なのである。
 だから、人ひとりひとりの言葉や感情表現や、その他もろもろについて、世界で共通しない、とても微妙な領域があって、だから人はそれぞれの言葉のもつ意味を探ろうとして、―――言い方が悪ければ、「相手の言葉の持つ意味を自分の言葉に翻訳しようとして」―――深読みをしたり、勝手に傷ついたりする。

 だから、人が思い違いで不幸になるのは簡単だ。
 だから、人を気付かぬうちに不幸にする。

 さあ、だからと言ってこれを「結局は気の持ちようなんだ」と帰結してしまっていいものなのだろうか。
 ……というのが、不幸の命題。


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那音 [MAIL]

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