朝のケロはばいばいの時にまたしゃくりあげはじめたが「えんえんって泣かないで我慢したらお迎えの後でアンパンマンのしゅっしゅぽっぽ行くよ」と脅すと一生懸命我慢して先生に抱っこしてもらった。ややグレーだが努力の跡が見えるので乗せてあげましょう。
同僚Aさんはお子さんの体調不良で休み。朝社長が私の経歴について話を振ってきたので、丁度いいので社長の謎のプライベートを色々質問してみた。それに加えて「私が言ったって言わないでくださいね」と同僚Aさんの自信喪失を伝えた。パート使いのうまい筈の社長が、やたらにパートに期待してAさんを自信喪失させたのは、私ががつがつ仕事しすぎるせいだという罪悪感もあり。
夕方ケロを迎えに行くと、頬の爪跡に先生方平謝り。先生の説明でも、帰り道のケロの説明でも、ケロがお友達に座る場所を巡って(またあの生意気な口調で)「やだよー」と言ったのが原因らしい。「お友達ごめんねって言った?」「うん」「ケロいいよって言った?」「うん」というので「この次はお膝にちゃんこさせてあげたら?」とアドバイスしてみた。
そしてまた鼻風邪をひいたらしいので、病院へ。咳の出ていた気管支は快方に向かっていて、鼻も「この位なら抗生剤いりません。面白い薬をあげましょう。」とディスポの目薬のような容器に入った抗ヒスタミンシロップ(ジキリオンシロップ)をくれた。「飲み物に混ぜてもいいですか?」「いいですよ、見てないところでね」と言われて帰宅後にやってみたが、やっぱり多少甘いらしく飲みがいまいちだし、ケロは「おいしゃさんもしもし」に行ったからまた薬を飲めるものだと期待していたので、粉薬が出なくてやや不満げ。うーん先生、面白くなくていいからうちの子には粉薬下さい。苦くても喜んで飲みますから。
夕方ケロとの約束どおり「アンパンマンのしゅっしゅぽっぽ」に乗りに行った。最後にもらえるおまけの飴をくれくれいうので食べさせたら途中で飲み込んで「のど、いたいー」「とーにゅー、のむー」と苦しみを訴えてどきどきした。やっぱりケロには飴はまだ早かった。病院でもらったシロップ入りの豆乳をどさくさまぎれに飲ませることができて良かったけど。
新井潤美「不機嫌なメアリー・ポピンズ―イギリス小説と映画から読む「階級」」(2006-045) 平凡社新書(2005年5月)
あれこれと目から鱗。やはり知らないことで伝わらないものは世の中にあふれている。イギリスでは発音で階級がすぐに分かってしまう、というのはよほどの上流階級の話かと思ったがそんなことはなかった。そして子どもの頃から読んできた本に感じた違和感の説明にも今更納得。ジェーン・オースティンの小説に出てくる、階級の微妙な差を大きくとらえる人々は知っていても、ジェイン・エアにそれが出てきていることはあまり目にとまらなかったし、ブリジット・ジョーンズで繰り返された発言の意味もこの本を読まなければ全く分からなかった。 一番驚きつつ納得したのは「メアリー・ポピンズ」。メアリー・ポピンズの恋人がバートであることに子ども心にかすかに違和感を感じていたのだけれど、実際には私がメアリー・ポピンズの設定を理解していなかったための違和感で、愛読書も恋人もティピカルだったということで、皮肉な話だとは思いつつも納得。(何せ「ピーター・パン」では犬のナナがやっていた仕事なのだ。)
しかしこういうことを知ってしまうと、輝かしき日々の児童文学が素直に読めなくなってくるのだな。「ツバメ号」も政治的に正しくなくてまた絶版になってしまうかもしれない。やっぱり全集買っておこう。 (そういえばU.K.ル・グィンが「夜の言葉」で今「指輪物語」を読むと階級闘争をしたくなるって書いてたような。)
保苅実「ラディカル・オーラル・ヒストリー―オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践」(2006-046) 御茶の水書房(2004年9月)
表題どおり、非常にラディカルでわくわくする本だった。もう続きが読めないのが惜しい。 歴史とか真実とかについての話としてもとれるし、他人の感じる、目に見えないものを「ある」と思うことができるかというあたりも興味深い。上に書いたとおり、文字で読んでも伝わらないものはたくさんあるのに、いわんや見えないものは。
青木玉「底のない袋」(2006-047) 講談社(2004年1月)
かなり新しい本だったのが意外だったが、面白かった。あれこれあれこれ。
|