いいことあった
おさがしものはこちらから

2006年03月08日(水)

昨日図書館でごっそり借りてきたのに、またリクエスト本が届いた通知が来て行ったら更に4冊。期限までに読みきれるかしら。(硬い本は読解に時間がかかる。)

夕方ケロのお迎えに行く時、鶯の初鳴き。すずめのお宿みたいな竹薮のあるお家で鳴いていた。帰りにまだいたらケロに聞かせてあげたいものだと思ったが、残念ながら帰りにはもういなかった。
梅の柄の帯も手に入れたけどする前に梅散りだしたなぁ。

* * *

荻原規子「風神秘抄(2006-041)
徳間書店(2005年5月)

やっぱり原作のあるものは先に読みたいんです。
上橋菜穂子「狐笛(こてき)のかなた」と少しだけ似たところがあったが(…ああ、あちらにもあわいが出てきたせいかも)あちらもきっぱり上橋菜穂子、こちらもきっぱり荻原規子。

読み始めからどきどきした。和漢混交文…とまではいわないが、やはりたたみかけるようにリズミカルに語られるこのあたりの表現は日本人で良かったぁという気持ちよさで戦記ものの流れを汲んでいる。昼休みに外で読み始めたけど、嬉しくて頬がゆるんでしまった。
でもちょっと話を横にそらすと、この辺の気持ちよさに通じる色の和名がね、最近は通じなくなっているんだって。いきなり着物好きになったから言う訳じゃないけど、昔は耳で聞いたり目で読んだりするお話の中にどういう色が出てくるかでその人物を語る重要なキーになっていたものが、今通じないって。歌舞伎好きな知人も嘆いていたけれど。草十郎は若いから萌黄匂のおどし、とか荻原さんは楽しんで書いていたと思うけれど。

話は本文に戻って。
昨日読んだ「樹上のゆりかご」にも出てきたけれど、合唱に鳥肌が立つという人は多いと思う。黒板やガラスをひっかいた音で違う意味で鳥肌が立つ人も多いと思う。その何がそうさせるのか分からないけど、音で何かを動かすことができると言われたら信じたくなる。そして踊りにも同じ力があると言われたらそうかもと思う。多くの宗教で歌と踊りは神に捧げるものだものね。間違えると死んでお詫びっていうのもよく聞くし。音と踊りと両方に通じるものは音律、と糸世は言う。そういえば「ミス・リードと村の学校」で「校庭で行進ができない生徒は何故か音痴」と書いていた気がする。

輪廻転生を信じていた当時の仏教徒と現代人が同じ死生観の筈はないけれど、「武士は何のために死ぬのか」に、このお話の中で何人かが答えている。それは帰属意識とか職業意識とか色々だけど、死なない選択も含めてそれぞれに納得のいくものがあって、大河ドラマのヒロインが揃って「戦は嫌い平和が好き」と唱えるお題目よりずっと分かりやすかった。

あとは何だか分からないけど惹かれあう二人が初々しくて、恋愛小説として楽しく読んだよ。鳥彦のその後も知りたいもんだ。


 過去  目次  未来  玄関  別館  読書メモ


つっこみ、コメントはこちらから/日記に引用させていただく場合があります