DiaryINDEX|過去の日記
空手の技を身に付けるにあたり大切だと思う事を書きたいと思います。柔軟性や筋力やバランスや身体を動かす感覚を左右均等に身に付ける事が大切だと思います。突きや蹴りや受けや運足や回転する動作などを左右均等に出来るようにしなければ行けません。その為には柔軟体操や基本稽古や移動稽古や型や筋力トレーニングやる場合に左右均等を心がけてやると良いと思います。それから呼吸を常に意識しながら身体を動かす事が大切だと思います。力を抜く力を入れる身体を縮める身体を伸ばすなどをして技を出す時に力を抜く呼吸と力を入れる呼吸を意識して行うと良いと思います。相手の技を受ける時も避ける時も捌く時も呼吸が大切です。常に呼吸が乱れないぐらいに心肺機能を作っておく必要があります。空手の稽古は、今書いたような事が全て身に付けられるように出来ていますが、しっかりとそれを意識して行う必要があります。そして筋力や心肺機能などは、稽古とは別に補強として行う必要があると思います。もし自分が身を守らなければ行けないと言う時に足りない物がないようにしておかなければ行けないと思います。そして1番は心が大切です。空手に先手なしと言うように、戦わないで済むように心がけていなければいけません、戦わないで済むようにするために空手の技や強さを身に付けておくのです。でもいざという時に迷いなく技が使えるように、常に戦うという心構えを身に付けておく必要があります。
空手を修得し極めるのに邪魔になる事があります。これは空手だけではなく、何かを習得して極めようとした時には邪魔になる事だと思います。先ずは疑う事です。先人の教えや師の教えや稽古方法に対して疑問を持ってしまう事です。自分が行っている事に絶対の自信を持って行わなければ上達はしません。その時その時に自分にとって必要な事を疑問を持たずに一生懸命に行う事が大切です。次は慣れる事や飽きる事です。稽古に慣れてしまったり飽きてしまい情熱をなくして惰性で稽古してしまっては上達はしません。常に情熱を持って、こうなりたいと理想を思い描いて一生懸命に稽古を行わなければ行けません。最後は慢心する事です。自分は上手い自分は強いという奢りがあれば謙虚さを失ってしまい、自分の弱い所や悪い所を見なくなり、自分に都合の良い言葉にしか耳を貸さなくなってしまえば、それ以上の上達をする事は出来なくなってしまいます。常に謙虚な気持ちで稽古を行わなければ行けないと思います。
自分の身に付けている技術を改めてこの日記に書いてみる事で自分が再認識する機会になるかと思い、それを書いてみようと思います。空手の技術で何が1番大切かと言えば、私は受けだと思います。空手の形は私が知る限り受けから始まりますし、「空手に先手なし」と言うので受けから始まった方が良いのだと思います。その受けを大きく分けるとしたら、先ずは相手の技をその場で防御する技で、いわゆる腕や肘や脛や膝でブロックする受け、その次は相手の技を腕などを回転させたりして柔らかく流す受け、その次は相手の技が来た時に自分の後ろ足に体重をかけて曲げたりして相手との距離を作りながら相手の技を捌く受け、その次は自分の身体を回転させたり、相手の側面にズレながら捌く受け、最後は相手の技に合わせて自分も技を出して転倒させたりする受け、この5種類だと思います。でも1番大切なのは、このような技に対して自分の身体が反射的に動くように自分の身体に染み込ませるぐらい稽古する事だと思います。いくら知っていても、その時に自分の身体が動かなければ、知らないも同然です。私も知識はありますが、それが出来るかと言われれば、まだまだだと言わざるおえません。
次男は私の子供の頃とけっこう似ている所があると思います。映画が好きなところ、ウルトラマンやヒーローが好きなところ、好きな映画は何度も見るところ、好きな食べ物もけっこう似ています。この前の全日本体重別空手道選手権大会では、コートスタッフとしてお手伝いをしてくれました。2人でどこかに遊びに行ってもけっこういろんな事が似ているので気が合って楽だったりします。
私の53年の人生で「今、ここで頑張らなければ!」そう思って頑張った瞬間が何度かあります。中学3年生の時の水泳の県大会で400メートル自由型の決勝でラスト50メートルの所で3位の選手が少し前に見えて「今、ここで頑張らなければ!」と思い死ぬ気で必死に泳ぎタッチの差で私が勝ち、私は県で3位になり、東北大会に出場する事が出来ました。たぶん私はここで頑張らないと一生後悔すると思ったのだと思います。もうその時から水泳は中学生で辞めようと少し思っていたのかもしれません。だから死ぬ気で頑張ったのだと思います。そして今、人生を振り返って、もしあの時に諦めていたら、私は今でもその時のことを後悔していたと思います。結局その試合が私の水泳の競技人生で1番頑張った瞬間となりました。あの時に頑張ってくれた自分に感謝しています。
今日は個人レッスンを3回指導しました。1人は一般部の前薗さんで柔軟体操から回し蹴りのフォームと蹴り込みと基本の突きと型ヤンツーを指導しました。2人目は少年部の歩でセミコンの全国交流大会に出るのでセミコンルールの組手の稽古をしました。ポイントを取る稽古と受けと避ける稽古とカウンターの稽古をしてスパーリングをしました。3人目は外部から個人レッスンを受けに来ているプロのキックボクサーの方で柔軟体操と空手の基本稽古とサウスポーに対しての蹴り技やサウスポー対策を稽古しました。指導していて、自分の空手の知識と指導する引き出しの多さに自分で驚いています。教えたいことばかりであっという間に時間が過ぎてしまいます。私は本当に空手が好きなんだなと心から思います。
塚本徳臣先輩とは、よく一緒に稽古させて頂きました。思い出す所で月・水・金の17:00〜18:30まで自主トレルームでやっていた寮生稽古、五反田ワークアウトでのウエイトトレーニング、夜の稽古後のスパーリングです。お盆休みも一緒に稽古していて蒲田道場のマンションの屋上から一緒に多摩川で行われている花火を見た事がありました。塚本先輩とボクシングのスパーリングをしていた時期があるのですが、手が長いのでパンチがスッと伸びて来てもらってしまいます。あとカウンターが凄く上手かったです。たぶんK−1とかに出ていたら間違いなく日本人を代表する選手になっていたのではないかと思います。食事にもよく一緒に行かせて頂きました。一緒にお酒を飲んで肩を組んで歌ったりもさせて頂きました。10年ぐらい前に寮生稽古をしたメンバーで食事をさせて頂きました。昔一緒に稽古をしていた頃の思い出話であっという間に時間が過ぎてしまいました。あの頃に自分の青春があったのだと思います。
私が旧城南支部時代にとんでもない天才と出会いました。現新極真会で活動している塚本徳臣先輩です。初めてビッグミットをやっているのを見た時に身体が大きいのにとても綺麗な動きをしていました。突き蹴りやそのリズムやタイミングや足捌きや身体の使い方がとても綺麗でした。身長は186センチあって体重も90キロぐらいあって、こんな動きをするなんて凄いと思いました。組手もとても綺麗で、軽い感じでやっていてもタイミング良く技を入れられて、こちらの技が全然当たらないので、ガチでやらなくても自分が完全に及ばない事を教えられます。あれだけ全ての技で相手を倒せる技がある空手家はもう出てこないのではないか?と思います。塚本先輩より私のほうが歳は1つ上なので塚本先輩は私を菅野さんと呼んでくれます。当時の極真空手の世界では1日でも早く入門したら、その人は先輩です。基本は先輩は呼び捨てです。茶帯ぐらいまでは名前も呼んでもらえません。でも塚本先輩は私を菅野さんと呼んでくれて、とても仲良くしてくれました。塚本先輩は弱い後輩や少し変わっている後輩にもとても優しく接していました。あれだけ強くて謙虚で優しい人はなかなかいません。本当に強い人は優しいんだと思いました。塚本先輩が初めて優勝した、横浜アリーナで行われた現新極真会の第6回世界大会の決勝戦はとても心に残っています。塚本先輩が優勝した瞬間に皆で抱き合って泣いたことは一生の思い出です。城南支部が1番輝いていた時を象徴する出来事だと思います。第6回世界大会は現極真会館と現新極真会で行われたのですが、極真会館の方は優勝が八巻先輩で準優勝が数見先輩、現新極真会の方は優勝が塚本先輩でしたので、まさしく城南支部が極真最強の支部だったと思います。そしてこの3人の先輩は全ての格闘技の選手の中でも最強にもっとも近い所にいた凄い空手家だったと思います。無差別の格闘技の日本人選手でこれだけの人はこれからもなかなか出てこないのではないかと思います。
自分の夢を追いかけて前に進み続けて、ある日立ち止まって後を振り返って見たら、自分の大切な財産がたくさん出来ていた。と言うのが私が今手にしている財産です。それを欲しいと思って追いかけていたわけではないのですが、気が付いたらそれを手にする事が出来ていました。人生という物は本当に面白い物だと思います。欲しいと思って追いかけていた物が自分の前から消えてしまったと思って、後を振り返ってみたら、もっと素晴らしい物が付いてきてくれている。人生は本当に分からない物です。だからこれからも何かに向かって頑張って行こうと思います。
約2年前に道場を離れた道場生の紹介で稽古を体験した子が本日、道場に入門しました。新しい技縁を繋いで頂いた事を本当に心から感謝しております。繋いで頂いた縁を大切にさせて頂きたいと思っています。長くお付き合いさせて頂く方や自分にとってとても大切な縁になる方とは出会った時の事をよく覚えていたりします。これは本当に不思議なものです。
kanno
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