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2020年07月04日(土) 書き手の顔

この日記サイト専用で使っているメールアドレスに「お久しぶりです!」という件名のメールが届いた。が、差出人の名前に覚えがない。
誰だろうと思いながらテキストへの感想を読みすすめたのであるが、最後の一文に驚いた。
「ところで、『××日記』のAさんですよね!お久しぶりです、Bです(私もハンドルネーム変えました)。少し前にここを見つけて、また日記書かれていたんだ〜とうれしくてメールしてしまいました。これからも読ませていただきます」
私には二十年ほど前に始めた『××日記』というサイトがあるのだが、ここ十年ほとんど更新していない。実生活で関わりのある人に読まれていることがわかったからだ。相手は私がそれに気づいたことを知らないため、こちらも素知らぬ顔で話題を選んで更新をつづけようかとも考えた。しかし、何本か書いてみて、その視線を気にしながら書くのは無理だとわかった。
そうはいっても、長くつづけてきたサイトを閉鎖するのは簡単なことではない。七百本近いテキストは“あの日あのとき”だったから書けたもの。いまの私が同じテーマで書いても、まるで違ったものになるだろう。それを「しかたがない」のひとことで跡形もなく消してしまうことはできなかった。それに、いまさらインターネット上から抹消したところで、相手の脳内キャッシュをクリアできるわけではない。
考えた末、サイトはそのままにしておくことにした。更新されないサイトは誰も住んでいない家のようで、いつまでもそこにあるのは悲しい。しかし、あえて“放置”することで、その人に「もう書いていないんだな」と思わせようという狙いもあった。
それから何年も経ってから私はハンドルネームを変え、一から日記サイトを始めることにした。それがこのサイトで、今回メールが届いたというわけだ。Bさんは『××日記』に何度も感想メールをくださった、熱心な読み手の方だった。

それにしても、不思議である。Bさんはどうして私が「Aさん」だと思ったのだろう。メールの件名を見ると確信に満ち溢れているが、勘違いかもしれないとは思わなかったのだろうか。
お礼メールの中でその点を尋ねると、このサイトのテキストを初めて読んだときに「Aさんのテキストと雰囲気が似ている」と感じ、過去ログも読んでみたところ、「Aさんの顔が浮かんだので、間違いないと(笑)」と返ってきた。
思わずふきだした。
「一度も会ったことないのに、私の顔が浮かぶわけないじゃない!」
と突っ込みたいのではない。その逆だ。私にも愛読している日記サイトがいくつかあるが、どの書き手ものっぺらぼうではない。
その視点、発想、表現、展開に感心し、ため息をつき、書いているのはどんな人なんだろう、この人はどんな生活をしているのかしらと思いをめぐらせる。文章に惹かれ、ときには恋心を抱くこともあるかもしれない。書き手への感情が生まれるのは、紡がれた言葉が「データ」ではないからだ。
そうして、「書き手の顔」ができあがっていく。たとえそれが実物とは似ても似つかぬものであっても、ちっともかまわないのだ。
だから、Bさんの「テキストからイメージした顔が同じだったから」はとても説得力のある回答だった。

ところで、まさにこの「顔」について、私は旧サイトの中で読み手に尋ねたことがある。
読み手はそこにある文章を頼りに、書き手の像をつくりあげていく。では自分はどんなイメージを持たれているのだろうと興味が湧き、アンケートをしたのだ。
タイプの異なる六人の女性の顔写真を並べ、「この中に私がいるとしたら、どれだと思いますか」と質問したところ、二百五十の回答があったのだが、二人の女性に票が集中し、他の四人にはほとんど入らなかった。これは自分の予想とはまったく違う結果で、とても驚いた。「そうか、私って読み手の中でこんな顔をしているんだ……」と。
自分を客観視するのはむずかしい。サイトの中の自分が人の目にどんなふうに映っているのか知ることができた貴重な機会だった。

【あとがき】
たとえば、好きな作家の文体や言い回しを真似て書いても、同じ顔には決してならないでしょう。なぜなら、人格や思考、感性はその作家だけのものだから。“中身”が顔をつくるのだと思います。
ところで、「私の顔」アンケートの結果はいただいたコメントと共にサイト内で発表したのですが、けっこうな反響があって、何人もの方が「うちでもやってみようかな」と言ってくれたのでした。「顔」はプロフィールページがあるとつくられやすいような気がします(うちにはないけど)。


蓮見 |MAIL
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