ささやかな日々

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2022年01月27日(木) 
ちょうど被害に遭った時間だな、と時計を見ながら思う。27年前のあの日も、こんなふうに腕時計で時刻を確かめた。そろそろ帰る準備をしなくちゃ、と、手元の原稿の校正をしながら思ったんだった。猫のももが家で待ってる。早く帰らなくちゃ、と。日付が変わろうとするこの時刻。
それ以上思い出すのはきついので敢えて意識を変える。私は、27年生き延びたのだ。27年。ひとがひとり成人になるのに十分な時間を生き延びた、と考えると、愕然とする。今日までの日々は長かったようで、同時にあっという間のことのようで、そのどちらでもあるからだ。永遠に終わらない永遠に行き着けない時間、それでいて回転扉がくるり回転するかのようにあっという間の呆気ない時間。
時間というのは、残酷で、かつやさしいんだなと最近よく思う。巻き戻しもできない、早回しもできない、一瞬一瞬誰にも等しく過ぎ行く、確かなもの。それが時。私は、この「時」というものにどれほど助けられてきたのだろうと思う。その真っただ中だった時は、こんな残酷な代物はないと何度泣いたか知れない。それでも。
この、容赦なく等しく刻まれる時のおかげで、私は今日ここにいる。ここまで生きて来れた。そう、思うのだ。
どうしてこんな、被害に遭った日を記念日というのか、と加害者プログラムに出席した際元加害者のひとから問われた。改めて考えてみるとおかしな記念日だなと私も思った。でも。記念日という他にないのだ。そしてそれは、未来の為の言葉なんだと最近思う。
そう、未来の為の言葉、記念日。この日を越えるたびに、ここまで生き延びることができたのだと実感できる、大事な記念日。いつ死んでもおかしくない状況から、それでも生き延びて来たことを証明する、大事な記念日。
ここまで辿り着くのに、どれほどたくさんのひとの手が必要だったか知れない。今はもうここにはいないひとたちの手もたくさん。その手にその都度その都度支えられながら助けられながら、私は「今」を越えて来た。その手がひとつでも足りなかったら、私は今ここにはいない。そのくらい私はずたぼろだったし、弱っていたし、いつ崩れ落ちてもおかしくなかった。冷たい地べたはいつだって、すぐそこにあった。
でも。
実際倒れ伏してみて、じっとそこに倒れ伏してみて知ったことは、地面は冷たくなんてないってことだった。地面はじっとそこに倒れ伏して全身を欹てていると、じんわりあたたかいものとして温度のあるものとして私の身体に伝わって来た。ああ、そうか、世界は決して私を拒絶してなんていないのだ、と、そうして知った。
27年前から変化したものもあれば、変化しなかったものもある。そのどちらも、いつか等しく慈しんでやりたい。今はまだ、十分にそれができないとしても。
私はこれを書きながらもう、28年目を生き始めている。友がくれたガラスポットで、これまた友がくれたお茶を熱く淹れて啜りながら、もう確かに28年目を生き始めている。私の人生は、ここからもまだ、続く。
今日会った友に「長生きしてね。そうして初めて見える景色が必ずあるから」と私は言った。本当に、そうなんだ。
生きてなきゃその景色に会うこともない。生きてここに在るから、その景色に会える。もしかしたら明日が私の死ぬ日かもしれなくて、だからこそ、今ここ、を大事に。今ここの景色を十二分に呼吸して。

私は、生きている。


浅岡忍 HOMEMAIL

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