ささやかな日々

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2022年01月21日(金) 
「回復」という言葉の意味を調べるとこうある。「もとのとおりになること。もとどおりにすること。」。そもそもここが違う。性犯罪被害者は、元の通りになんてなれない。元通りになんて戻れない。被害に遭ったその時点から、新しい茨の道に踏み出すほかにない。
なのに何故ひとは、「回復」しようね、とか、「回復」に向けて、とか、そういう言葉を用いるんだろう。性犯罪被害者にとって「回復」という言葉自体がかけ離れているというのに。
というのも、先日の加害者プログラム最中にS先生が私の解離性健忘の症状について問うてきた時に先生が「じゃあどうやって回復の実感を得るんですか?」と尋ねて来た、その時に、引っかかったのだ。回復って、何だろう、と。
だから改めて考えてみた。回復「もとのとおりになること。もとどおりにすること。」。
でも。繰り返しになるが、被害者は元通りになることなんて、できないのだ。そもそもが。被害に遭ってしまったら、その被害をなかったことにはできない。被害をなかったことにできないということは、もう被害前には戻れないということ。戻せないということ。
つまりもうこの時点で、私たちに「回復」という言葉はあり得ない、ということに、なる。
被害をなかったことにできない以上、もう私たちは、被害は在ってしまった、というところから始めるほかにない。被害というものの上に新たに土を耕し道を作るほかに、ない。そうじゃないだろうか?
なのに。多くの第三者が、「回復」に向けてとか「回復」するために努力しなさいとか、軽々と言ってのける。いや違うんだ、と、私は今敢えて言いたい。
私たちは、回復に向けてなんて努力できるところにさえいないのだ、と。そう、声を大にして言いたい。
それまでの日常が崩壊し、それまでの非日常をその瞬間から私たちは生きなければならなくなる。それまでの非日常こそがここからの「日常」になる。
私たちはつまり、思ってもみない世界に放られ、そこから新たに歩き出さなければならなくなる。
だから「回復」という言葉は、やっぱり、私達には当てはまらない。じゃあ何が当てはまるのだろうと考えてみる。敢えて言葉を挙げるなら「再生」だろうか。いや、「新生」かもしれない。

再生:そのままでは働かない状態から、また働く状態になる、あるいはすること。/衰え死にかかったものが生気を取りもどすこと。/精神的に生まれ変わること。
新生:新しく生まれ出ること。/生まれ変わった気持で人生に再出発すること。特に、信仰によって心が一変した状態。

「再生」なり「新生」なり、そういった類の言葉なら、なるほど、と思える。それは私だけだろうか。

丸々と太った月が南東の空に浮かんでいる。その月を凝視しながら思う。
私は二度と、仲間に「回復」という言葉は使えそうに、ない。


浅岡忍 HOMEMAIL

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