| 2021年11月24日(水) |
まさに、光陰矢の如し。次から次に時間という時間が飛び去ってゆくので、まったくもって追いついていけない。今日が何曜日で何日かなんて、ちっとも把握できていない。一日が終わる頃、あ、そういえば今日は何日だったんだ、とはっとするような体たらく。 一日を何とか生き切るのでもはや、精一杯だったりする。
答えはいつだって自分の中に在る。 友がそう呟く。確かにそうなんだろう、と私も思う。なのに何故だろう、そう思いたくない自分もいるのだ。答えがいつだって自分の中にあるなら苦労しないよ、と言い返したくなる自分が。 分かっている。答えが自分の中に在るということを受け容れたくないだけなんだと。答えが自分の中にいつだってあるのだから自分と向き合えばいい、という、そのシンプルなところを受け容れたくないだけなのだ、と。 自分と向き合うのはいつだってしんどい。一体何年そうやって自問自答を続けてゆけば楽になれるのか。半世紀生きてもまだ、分からない。そもそも楽になる方法なんて何処にもないのかもしれないと思えてしまう。 来週の月曜日に重大な局面を迎える友が、今夜も眠れないとぼそり呟く。気づくと体中が強張って震えてきて、一睡もできないのだ、と。 分かる。神経の糸という糸が張り詰め、もし今誰かが不意に触れたら全ての糸がぱしんと音を立てて切れてしまいそうな、そんな状態。私にも覚えがある。ふと気づくと手がかたかたと震えていたり、呼吸をするだけでも必死になってしまうような、そんな状態。 「こうなる前は呼吸なんてできるのが当たり前だったのに」と苦笑する彼女に掛ける言葉も見つからない。分かりすぎてしまって。そんな時どんな言葉を与えられても無駄なのだ。何の役にも立たない。 ふと思い出すあの頃。10階の北側の部屋。窓の外には空しかなくて、いつだって空だけで、だから、吸い込まれそうな錯覚を覚えて、慌てて手を引っ込める。ベランダから身を乗り出して下を見れば米粒のような人影が幾つもうようよ動いている。そこに堕ちていっそ散ってしまいたいと夢想する自分といつも闘っていた。こんなに辛いならもう、いっそ、と。 あの頃私には同居猫がいた。今の彼女にも同居猫がいる。 「もし猫がいてくれなかったら、もうとっくの昔にここからいなくなってますよ、私」 彼女のその言葉がよく分かる。命がもし隣になければ、容易に自分の命を放ってしまえるくらい、私たちはぎりぎりのところを生きていた/生きている。
今週の金曜日は病院だそうだ。前回の病院からまだ一日二日しか経っていない錯覚を覚える。私はその間何をしていたのだろう。一日一日必死に生きて、越えてきたけれど、記憶がない。この記憶がないことの頼りなさといったら。ふと足元を見たら地面がなかった、みたいな怖ろしい頼りなさだ。たまらない。
そういえば恩師から電話があった。心臓に血栓ができたとかで来月下旬病院に入院するという。ホームでは面談が可能になったものの予約制で一回に三十分だという。「おまえのところからここは遠すぎるから、無理しなくていい」と恩師は繰り返し言っていたけれど、その言葉のはしばしから、先生の寂しさが伝わって来る。「来なくていいから、手紙をくれ」。先生のその言葉がぐさり、胸に突き刺さる。私も本当は飛んでゆきたい。でもあまりに先生がいるホームは遠い。片道二時間半。せめて面談が一時間可能なら、と思わずにはいられない。三十分はあまりにあっという間だ。そのために五時間かけて行き来するには今の体調では難しい。 「大丈夫だ、俺はまだ死なないから」。先生のその言葉に、ぐっと唇を噛みしめる。先生、もうちょっと待ってて。記念日が過ぎるまであと二か月ほど。せめてそこまで待ってて。 |
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